クールな年上彼女は焼酎がお好き



 僕の恋人の頼子さんは、一言で言えばクールな人だった。
 人間的な温かみに欠けているという意味じゃない。物腰は柔らかいし、気遣いもこまやかで、職場での人望は厚い。
 でもどこか一歩引いているというか。いつも冷静で、頼もしくて、感情にブレがないのだ。
 僕が新入社員研修を終えて隣の部署に配属されたばかりの頃、彼女と直接話す機会はほとんどなかった。だから、とても有能な人だという噂を漏れ聞いて、ほんの少しのミスでも見咎められてしまうんじゃないかと内心でびくびくしていた。たぶん彼女の端正な容姿も、勝手なイメージを膨らませるのに一役買っていたのだろう。
 予想していたとおり、頼子さんとの初めての会話はちょっとしたヘマがきっかけだった。けれど、その人柄は想像と全然違っていた。
 そのとき僕は、作成中の書類に不明点が出てきて、担当者に確認しにいくところだった。

「長谷部くん」

 背後から突然呼びかけられて、僕は振り返った。

「落とし物」

 通路の真ん中で一枚の紙をひらひらさせている女性は、みんなから一目置かれる優秀な先輩――美波頼子さんだった。
 しっかり手に持っていたはずの書類がいつの間にか一枚抜け落ちていて、僕は慌てて「すみませんっ」と頭を下げた。

「そんなに畏まらなくていいけど」

 くすくすと笑いまじりの柔らかい声に、おそるおそる顔を上げると、彼女はほんのり微笑を浮かべていた。
 ――すごく綺麗な人だ。
 反射的に思って、それまでとは別の意味で緊張を覚えた。

「あのっ、ありがとうございますっ」

 真っ直ぐ差し出された紙をぎこちない動きで受け取ろうとしたとき、彼女の口から「あ」と小さな声がこぼれた。

「ここ、提出する前に直したほうがいいよ」
「えっ?」

 細い指が示す部分に急いで視線を走らせる。間違いはすぐに分かった。

「もう、新年度だから」
「ですね……」

 日付の年度を変えるのを失念していたのだ。

「過去のデータを流用すると、中身だけ書き換えて周りの細かいところを見落としがちだから、気をつけてね」
「……はい」

 初歩的な指導をされて恥じ入る僕に「頑張って」と優しく声をかけ、彼女は行ってしまった。
 偶然拾っただけの書類をわざわざチェックしてくれたのは、僕が新入社員だと把握していたからだと、自席に戻ってから気がついた。名前もきちんと覚えられていた。
 うちの会社はそこそこの規模があり、新入社員だって毎年五十人はくだらない。関わりのない人間まで顔と名前を一致させるのは結構な苦労だ。
 彼女が律儀だから? それとも他に理由があって?
 なんでもいいや。
 彼女の見つめる世界に僕はちゃんといたんだと思うだけで、なんだか幸せな気がしたから。
 つまりこの日、僕は頼子さんに恋をした。
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