転生令嬢は騎士からの愛に気付かない
 そして用が済んだので帰ろうとしたのだが、踵を返す前に掛けられたのは問いかけだった。 

「アシュリーちゃんさあ、何かあったの?」

 どこか気怠げな雰囲気を浮かべる男は、こてん、と首を横に傾げてアシュリーに問いかけた。
 こんな雰囲気だが、まさかこの人がこの国──どころかこの辺り一帯の国では有名な薬学研究者であり、名門公爵家の出である歴とした貴族だとは、この姿を見ただけでは気づけないだろう。
 この室長室の今の主であり、そしてアシュリーの所属する王立図書館の館長を兼任して勤めているのが彼──ローウェル・カルヴァートだった。
 シルバーブロンドの髪はぐちゃぐちゃで、長い前髪に隠れて琥珀色の瞳は見えない。せっかく整った顔立ちをしているのに勿体ないが、本人曰く「女の子にモテても、新しい薬は作り出せないからどうでもいい」とのことで、まったく無頓着らしい。
 骨の髄まで薬学に陶酔している変態だと、彼の幼馴染みの騎士団員が口にしていたのを聞いたことがある。

「いいえ、別に」

 アシュリーは一瞬呆気に取られたが、首を横に振って彼の言葉を否定する。けれどローウェルは納得してなさげに「ふうん」と頷いた。

「じゃあ、ボクの新しい薬の被験体にならない? 聞かれたことには嘘偽りなく答えを言いたくなっちゃう自白薬なんだけど」
「館長、世間一般ではそれは脅迫と言うんですけど、ご存じですか」
「ボクの知ってる辞書では脅迫ではなくて優しさって書いてあるんだけど、うーん、おかしいなあ」

 それは間違いなく館長だけですと返そうとしたが、一応は上司なので、アシュリーはぐっと堪える。

 恐らくこの研究室とそして図書館、この二点に絞って言えば、ローウェルと最も気心が知れた仲なのはアシュリーだろう。
 それは何故かと言えば、目の前の上司もまた、アシュリーと同じく《前世》の同じ世界──すなわち、この国、否、世界からすれば、異世界に当たるのだろうが──で生きていた記憶を持つ人間だったからだった。
 ただ、物語で読みました、と誤魔化し続けていたアシュリーと違って、ローウェルは物心付くころからそのことを隠してはいなかった。もちろんほとんどの人は彼の言葉を真に受けず、変わった人間だと認識しているようだが、その所為で奇異な視線を向けられていた。
 恐らくアシュリーも上司と部下という関係でなければ、極力関わりを避けていたに違いない。
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