転生令嬢は騎士からの愛に気付かない
 俯いているアシュリーに見えなかったのは、果たして幸だったのか不幸だったのか。

「そこまで邪推しなくてもいいと思うけどな。相手が誰なのかは教えてもらった?」
「いえ……怖くて肖像画も見られなくて」
「だったら、どこの家から婚約を申し込まれているか知ったら考えも変わるかもよ。爵位が上だって言うなら、相手があの《ヴィルヘルム・ラインフェルト》でもおかしくないわけでしょ」

 上司の口から出てきた名前に、アシュリーは一瞬瞳を揺らした。
 ──ヴィルヘルム・ラインフェルト。
 ラインフェルト家は代々王家に忠誠を誓う、由緒正しい家だ。優秀な者は男女問わず王家に取り立てられ、その才を発揮する。ヴィルヘルムはそのラインフェルト家現当主の次男で、若くして王国騎士団副団長を務めていた。
 艶やかな漆黒の髪に、魅入られてしまいそうな深紫の瞳を持った端整な顔立ちをした美丈夫で、令嬢たちの憧れの存在だ。
 苦労をしているだろうとローウェルの部下だと言うことで何かと気にかけてくれる彼の人の姿を思い出し、それからわざとらしいぐらいの明るい声でアシュリーはローウェルの言葉を否定した。

「その場合は速攻で断るに決まってるじゃないですか。わたしはどちらかと言うと、ラインフェルト副団長の幸せを遠くから見守る名無しのモブBとかになりたいです」
「わざわざモブを選ぶあたり、さすがアシュリーちゃんだよね。ボクは君のそういうところが好きだよ」
「ありがとうございます」

 楽しそうに笑みを浮かべながら、ローウェルは「だけどさあ」と脱線した話を元に戻す。

「あんまり難しく考えない方がいいと思うけど。ああ、間違っても婚約の話を白紙にしようとして他に婚約者を作ろうとしたり、貴族籍を抜けるために不祥事起こしたりしないようにね。その方が都合が良いって思う質の悪い野郎はいくらでもいるから」
「……館長は人の心も読めるんですか」
「読めないって。アシュリーちゃんが考えられるとしたら、そのぐらいの単純なことかなあって思っただけ」
「はあ」
「あ、それから言っておくけど相手はボクじゃないよ。何せボクはもう薬学と結婚しているから」
「いえ、その心配は初めからしてないので大丈夫です」

 上司は確かにアシュリーよりも爵位は上だけれど、変人として有名なローウェルの話を両親が知らないはずがない。相手が彼ならあんな言い方はしないはずだ。
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