転生令嬢は騎士からの愛に気付かない
 馬車がゆっくりと走り出し、来たときと同じ道を進む。だがすっかり日は暮れていて、空には藍色が広がっている。
 ローウェルもアシュリーも話題があれば話をするが、話題が途切れれば喋らなくなる。三番目に乗り込んだ侍女も緊張しているのか、あえて口を閉ざしているのか喋ることはない。馬車の中はすっかり静まり返っていた。
 どれくらい走らせていたのか。喧噪と鮮やかな灯りが窓から入り込んでくる。
 舞踏会なんてどれくらいぶりだろう。成人した年に何度か参加したのは覚えているが、そのあとの記憶はない。
 そう考えると、だんだんと不安になってくる。貴族の娘としての嗜みはまだきちんと覚えているだろうか。緊張で胃がしくしくと痛み、頭痛が苛んでくる。

「大丈夫?」

 ため息を吐きたくなるのを堪えながら額を押さえていると、頭上から声が降ってきた。反射的に頭を上げると、頬杖を付いて窓の外を見ていたはずのローウェルがアシュリーを見下ろしていた。

「初めてお会いすることになる方々ばかりかと思うと緊張してしまって……ですが、ローウェルお兄様のお顔は潰さないようには努めたいと思います」
「真面目なのは君の良いところだけど、そこまで肩肘張ったら美味しいものも美味しくないし、楽しいことも楽しめないよ」
「そう、ですが」
「それにもしかしたら運命の出会いって奴があるかもしれないしね。女の子ってそういうの好きでしょ」

 上司の口から似合わない言葉が出てきたものだから、アシュリーは思わず笑ってしまう。慰めなのか、それともからかいで口にしているのかはわからないが、その言葉にほんの少しだけ緊張が綻んだ気がした。
 だがアシュリーはわかっていた。仮に今夜《運命の出会い》とやらがあったとしても、それはシェリー・ダンフォードにもたらされた縁であり、けしてアシュリー・マクブライドと交わるものでないのだということを。

「……そんな出会いが、あったらいいんですけどね」

 ぽつりと呟いた言葉は果たしてシェリーか、アシュリーか、どちらのものだったのだろうか。彼女自身にもわからなかった。
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