転生令嬢は騎士からの愛に気付かない
 なのに、彼女はヴィルヘルムの思考の上を行くのが得意らしい。

『──今日が終われば、すべて忘れます。ですからどうか、わたしを今夜だけ……あなたの恋人にして、ください』

 別人に成りすましたアシュリーが、普段の彼女であれば恐らくは口にすることがないだろう言葉を囁く。
 いつもの彼女と違う金色の髪が、月の光を浴びて輝いている。

『あなたをずっと、お慕いしておりました』

 ただでさえ、無意識な彼女の殺し文句の所為で理性がゆらゆらと揺れていた。
 そこに彼女からの告白が追い打ちを掛ける。
 ──諦めを映した、切なげな笑みとともに。
 その笑みを見た瞬間、ヴィルヘルムは決めた。彼女の姿を抱え上げ、顔を上げないようにと指示をする。大広間で大勢に見られているが、これ以上彼女の可愛い顔を──特に男には──見られたくなかった。
 休憩や体調の悪くなった者を介抱するために設けられた部屋は二部屋が続き部屋になっている。その奥の部屋には休むためのベッドがあり、ヴィルヘルムはそっと、アシュリーをそこへ降ろした。

『シェリー』

 ──アシュリー
 本名を呼びたいのを我慢して、偽りの名前を呼びかける。

『逃げたければ、今ここでこの手を振り払って欲しい。これ以上進めば俺はきっと、あなたを二度と離せない』

 それは、最後の確認だった。
 けれどもし手を振り払われても、逃がすつもりなど更々なかった。
 だがアシュリーが我に返り、逃げ出そうとすることはなく。
 彼女はヴィルヘルムの問いに、首をそっと横に振った。

『離さないで。……わたしもヴィルヘルム様の、お側にいたいから』

 その台詞が、決定打だった。
 ──その言葉を、今夜だけのものになどさせない
 柔らかいくちびるを堪能するように繰り返し重ねながら、ヴィルヘルムは心の中でそう呟いた。
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