転生令嬢は騎士からの愛に気付かない
 彼の美しい深紫色の瞳が、一瞬にして甘く溶ける。
 その瞳にはぼろぼろと涙を流すアシュリーの姿が映っている。直視するのが恥ずかしく、彼女は瞼を伏せた。
 しかし不意に目尻に柔らかいものが触れたかと思うと、それはヴィルヘルムのくちびるで、驚きのあまり涙もピタリと止まってしまう。
 何度もくちびるが落とされて、そのたびに温もりが伝染する。

「ラインフェルト、ふくだん、ちょ……っ」
「ヴィルヘルムと。あの夜のように、呼んで欲しい」
「ヴィ、ヴィルヘルム……さま」

 動揺するアシュリーとは反対に、ヴィルヘルムは至って冷静に言葉を紡いでくる。
 改めて口にした彼の名前に頬が熱くなった。
 あの夜は正体を気付かれないようにと、あえて彼のことを名前で呼んだ。けれどそのときと今では場所も状況も、そして、姿も違う。
 ただその中で変わらないのは、彼のことを想っているという事実だ。

「アシュリー嬢?」

 ヴィルヘルムの団服の上着の裾を少し引っ張る。
 気付いた彼が首を傾げた。

「ヴィルヘルム様も《アシュリー嬢》じゃなくて、アシュリーって呼んでください」

 そう強請ると、ヴィルヘルムはぱちぱちと瞬きをした。
 そして視線を泳がせてからしばらくして、ごほん、と咳払いをすると、見つめてきた。

「……アシュリー」

 緊張の色を孕ませて、どこか甘さをたたえた静かな声で呼ばれた名前にアシュリーの胸がとくりと高鳴る。

「はいっ」

 名前を呼ばれただけなのに、それがひどく嬉しくて、アシュリーは自然と浮かんだ心からの笑みとともに返事をした。
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