転生令嬢は騎士からの愛に気付かない
 あの夜アシュリーはヴィルヘルムに「今夜だけ恋人にして欲しい」と強請った。あのときは一度だけでいいから想い出が欲しくて口にした言葉だったけれど、礼儀作法を叩き込まれた未婚の貴族令嬢が軽々口にしていい言葉ではない。

 どこの世でも醜聞が好まれるのは変わらない。
 誰が耳にしたとしてもアシュリーがした行為ははしたないと言われるのは目に見えて明らかだった。
 思わずくちびるを噛むと、ヴィルヘルムの指先が口元に触れた。びくっとアシュリーの肩が揺れる。

「アシュリー嬢がむやみやたらに男を誘う女性でないことは俺が一番知っている。……あなたが純潔だったことが何よりの証拠だ」

 強張るくちびるを緩めるように撫でられて、噛み締めていた力が抜けていく。

「そんなあなたが俺に、一夜だけでいいから恋人にしてくれと強請ってきた。その言葉の重みを、考えなかったわけがない」

 優しい眼差しが降り注ぐ。ヴィルヘルムの顔が近付いてきて、額同士が触れ合う。
 そして、今にも口付けがされそうな位置でヴィルヘルムが甘さをたたえて、囁いた。

「先ほどの、《私でいいのか》という問いの答えを、俺はひとつしか持ち合わせていない。──俺はアシュリー嬢、あなたがいいんだ」

 思ってもいなかった言葉にアシュリーの瞳からまた透明な雫が零れ落ちた。その涙を、頬を伝う前にヴィルヘルムが指先で拭ってくれる。
 ──彼はずっと、真っ直ぐに言葉をぶつけてくれていた。
 言い訳をして自分の気持ちからも逃げようとしたアシュリーの頑なな気持ちを解くように、ひとつずつ、丁寧に。
 涙が溢れて止まらない。けれどそれが嬉しさから来るものだということを、アシュリーはとうに気が付いていた。

「……わ、わたし、も、結婚するなら好きな人が……ラインフェルト副団長、が、いいです……っ」

 紡いだ言葉は涙声で女子力だとか、そういうものとはかけ離れていたけれど、ヴィルヘルムは嬉しそうに頬を緩めた。
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