私を振った同級生ドクターの距離が近すぎます!〜もしかして、私のこと好きですか〜

24 陽の差す場所へ

私たちは、十三年という長い空白を経て、ようやく恋人になることができた。
ここから、私と鳴海くんの新しい章が始まる。

同じ職場に愛する人がいるのは、これほどまでに頼もしく、幸福なことなのだろうか。私は今、大好きな仕事を、大好きな人と共にできる喜びを噛み締めている。



「先生、この創の糸がつって動きづらいの。どうにかならないかしら」

朝の回診。私は鳴海先生と共に、術後の包帯交換に回っていた。開腹手術を終えた本田さんが、消毒中に創の違和感を訴える。
鳴海先生は、真剣な眼差しで縫合糸の状態を確認した。

「糸のテンションはきつくないですよ。徐々に溶ける糸ですから、違和感も少しずつ消えていきます」
「でも……気になって、動くのが怖くなっちゃうのよ」
不安そうな患者さんに、私が補足の報告を入れる。
「鳴海先生。本田さんは引きつれを気にして、離床が遅れ気味です。昨日もベッドの周りを歩くのが精一杯でした」

「そうですか……。では、創の治りは良好ですから、糸を間引きして引きつれを減らしてみましょうか」
鳴海先生の提案に、本田さんの表情がぱっと明るくなった。

「クーパー」
鋭い指示。私は清潔操作で、迷いなくクーパーを差し出す。
受け取る彼の、仕事に向き合う真剣な横顔。そこに滲む知的な色気は、中学生の頃から変わらず私を惹きつけてやまない。

今日も素敵。……本当に、大好きだな。

心の中でこっそりのろけて、仕事の疲れを癒やす。これが私の、大切なルーティーン。

「いかがですか? これでずいぶん動きやすくなったはずです」
「あら本当! 引きつれが気にならないわ。ありがとう、先生」
私は本田さんの着衣を手早く整えた。
「これでしっかり歩けますね。動いた方が回復も早まりますから、一緒に頑張りましょうね」

私が微笑むと、本田さんは嬉しそうに私と鳴海先生を交互に見つめた。
「お二人さん、本当にお似合いね。あなたたちに診てもらえると、なんだか安心するわ」
「……そうですか。ありがとうございます」
二人で顔を見合わせ、少しだけ照れながらお礼を伝えた。

処置を終え、ワゴンを押しながら廊下を並んで歩く。
「今週、なかなか休みが合わないね」
「週末には会えるでしょ?」
「週末だけ、だよ? 萌奈は寂しくないの?」
鳴海くんが、子供のように不満げな声を上げた。

「職場でもこうして元気な顔が見られるから、私は安心だよ」
ほぼ毎日、彼のプロとしての姿を確認できる。それだけで十分だと思っていた。けれど、鳴海くんは納得がいかない様子で足を止めた。

「そういうことじゃなくてさ……」
「私は、今がものすごく幸せなの。これ以上は欲張れないよ」
「萌奈は、欲がなさすぎ」
そうかな、と私が首を傾げると、彼は真剣な目をして私を見つめた。

「俺の家に、引っ越しておいでよ」
「……え?」
突然の提案に、目を丸くする。それって、つまり――。
返事に詰まる私を見て、鳴海くんがふっと小首を傾げた。

「これは欲張りじゃない。俺たちの、手が届く場所にある幸せだよ」

『手が届く幸せ』。その言葉が、すとんと胸に落ちた。
そうだ。私も、もう遠慮なんてしなくていい。彼の手をしっかり握って、もっと幸せを掴み取っていいんだ。

「……うん。では、お世話になります」
私の返事を聞いた瞬間、鳴海くんの表情が柔らかく崩れた。
「よし、決まりな!」
あの頃と変わらない、太陽のような笑顔。
これからもずっと、この笑顔を一番近くで見守っていける。その確信が、何よりも嬉しかった。



それから数ヶ月後。病棟は朝から、ある心地よい緊張感に包まれていた。

「鳴海先生! 亜里沙さんが陣痛で病棟に上がってきます」
記録入力をしていた鳴海先生に報告すると、彼は即座にパソコンから顔を上げた。
「了解。……いよいよだね」

廊下からは、聞き慣れた騒がしい声が近づいてくる。我聞が亜里沙に付き添ってやってきたのだ。
「我聞!」
廊下で落ち着きなくうろたえる彼に声をかける。普段の余裕が消え失せた、見たこともない不安な表情。

「萌奈! 亜里沙が今、分娩室に入った。旦那もすぐ来る。……うちにとっての初孫なんだ。どうか、無事に……っ!」
まるで父親のような慌てぶりだ。けれど、それだけ皆が新しい命の誕生を待ち望んでいる。

「大丈夫よ。鳴海先生もいるから、我聞は落ち着いて待っていて」
そこに鳴海先生も合流した。
「蒼真! 亜里沙を頼むぞ! 俺の甥っ子になるんだ。頼む!」
「ああ。わかってる」
興奮する親友を冷静に宥め、家族控室へ案内した。

私たちは分娩室へ向かい、洗浄場で並んで手指を消毒する。
冷たい水が手を伝う。何気ない仕事の一コマ。けれど、彼が隣にいるだけで、そのすべてが輝いて見える。

止水し、ペーパーで手を拭き上げる。
鳴海くんが、私を見た。
「行こうか」
「うん」

分娩室の前、光取り窓から眩しい日差しが差し込んでいた。
キュっとナースシューズを鳴らして、私たちは新しい命の待つ場所へと足を踏み入れる。

今日も、明日も、その先も。
私はあなたと共に、この場所で生きていきたい。

私は、鳴海くんと一緒に働くこの病棟が、心から大好きだから。


        ーENDー


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