私を振った同級生ドクターの距離が近すぎます!〜もしかして、私のこと好きですか〜

9 ブルー衣の彼と産声


あの夜から、病棟で顔を合わせても特段の変化はなかった。けれど、私の中の何かが少しだけ、以前より熱を帯びているのを感じていた。

「助産師の山川さんが急遽お休みよ。今日の分娩、鳴海先生が担当するから」

現在、分娩室には陣痛がピークを迎えた妊婦・加藤さんが待機している。通常は助産師が取り上げ、看護師の私は間接介助に入るが、今日はドクターである鳴海くんと二人三脚で挑むことになった。

今日は二人の看護学生も見学予定だ。清潔操作で身支度を整え、私と学生たちは分娩室へ入った。

「加藤さんの分娩、順調よ。出産見学は一生の宝物になるから、しっかり学んでね」
「は、はい……っ!」

緊張で肩が上がっている学生たちに、私は静かに言葉を添えた。

「出産はね、女性の身体が最も激しく変化する瞬間。それは“恐怖”じゃなくて“神秘”なの。落ち着いて観察してみて。きっと、あなたたちにしかできない看護が見えてくるから」

そこへ、手指消毒を終えた鳴海くんが入室してきた。
ブルーの術衣姿。白衣の時とは違う、戦う男の空気を纏っている。マスク越しでも分かるその鋭い眼差しに、私の心臓が小さく跳ねた。

(……仕事モードの鳴海くん、やっぱりカッコいいな)

ときめきをプロの意識で押し込み、私はいつもの顔で応じる。

「鳴海先生、お疲れさまです。心拍、進行状況ともに問題ありません」
「……藤川、今日はよろしく」
「はい。お願いします」

グローブをはめた鳴海くんが、加藤さんに優しく声をかける。
「赤ちゃんも頑張っていますよ。分娩は順調です」
「……先生、もう、いきんでいいですか……」
「では内診します。……よし、いいですよ。まだ破水していないので、人工的に行いましょう。一気に進みます」

鳴海くんが私に視線を送る。
「コッヘルを」
私は阿吽の呼吸で滅菌パックを開き、器具を差し出した。
卵膜に小さな孔が開き、透明な羊水が流れ出す。
「羊水、清。問題ありません。次の陣痛でいきみましょう」
私は加藤さんの枕元へ移動し、汗を拭う。
「加藤さん、次です。思い切っていきんで! ここが頑張り時ですよ!」

続いて学生たちへ振り返る。
「分娩第二期。あなたたちに今できることは?」
「腹式呼吸のサポートです!」
「声かけで……励まします!」
「いいね、行ってらっしゃい」

学生たちが加藤さんの手を取り、呼吸を合わせる。室内の熱気が一段と上がる中、ついにその瞬間が訪れた。

滑り出るように誕生した小さな命。
鳴海くんが迅速に処置し、私は震える手で赤ちゃんの身体を受け取った。口腔内を吸引し、産声を確認する。
「元気な男の子ですよ、加藤さん!」
母の胸元へ抱かれた赤ちゃんの温かさ。絶叫していた母親が、一瞬で慈愛に満ちた表情に変わる。

この、会いたかった命と対面する瞬間の奇跡。
それがあるから、私はこの過酷な仕事を続けている。



無事に処置が終わり、後片付けをしていると鳴海くんが近づいてきた。
「さすがだな。藤川がいると安心して手技に集中できる」
「こちらこそ。改めて思ったよ、鳴海くんは……いえ、鳴海先生は本当に医師なんだなって。見事な手際だった」
「褒め合いすぎだな、俺たち」
「ふふ、そうだね」

マスクの下で、自然と笑みがこぼれる。

好きな仕事に誇りを持ち、隣には心から尊敬できる人がいる。
この満ち足りた時間が、ずっと……永遠に続けばいいのに。

そんな幸せの余韻を残して、ナースステーションに戻る。

デスクに置かれた、資料の山。
そして、それを見下ろす森さんの冷ややかな視線。

(……え?)

「ご機嫌ね。次はカンファレンスよ。記録を頼むわね」

明らかに不機嫌な森さんが、私の目の前、すれすれで横切った。
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