君と終わった街で
静かな部屋。

冷蔵庫の音。

遠くのサイレン。

全部が急に遠くなる。

『あ、でもバツイチになった』

その一文を見た瞬間。

洸太は、スマホを持つ手に少しだけ力が入るのを感じた。

バツイチ。

その言葉が頭の中で上手く形にならない。

文姫が結婚していたこと。

そして、もう終わっていること。

知らなかった十年が、一気に現実味を帯びて胸の奥へ落ちてくる。

洸太はゆっくり息を吐いた。

驚いている。

でも、それ以上に。

少しだけ苦しかった。

自分の知らない場所で、文姫が誰かと人生を作っていた事実が。

当たり前のことなのに。

十年も会っていなかったのだから。

それでも、胸の奥に小さな棘みたいな感情が残る。

洸太はスマホを見つめたまま、何を返せばいいのか分からなくなった。

軽く聞いていい話じゃない気がした。

でも、変に気を遣うのも違う気がする。

結局。

『そうだったんだ』

とだけ返す。

送信したあと、自分でも味気ないと思った。

でも、他に言葉が見つからなかった。

少し間が空く。

その沈黙の間に、洸太はぼんやり想像してしまう。

結婚した文姫。

知らない男の隣で笑う文姫。

朝を迎えて。

喧嘩して。

誰かと生活していた文姫。

その全部を、自分は知らない。

知らないまま、十年が過ぎていた。

『うん』

返信は短かった。

『二年前くらいに離婚した』

洸太はスマホを見つめたまま、小さく目を伏せる。

二年前。

その頃、自分は何をしていただろう。

たぶん今と同じだ。

仕事して。

コンビニ行って。

適当に煙草吸って。

何も変わらない毎日を過ごしていた。

その間に、文姫は結婚して、離婚していた。

人生をちゃんと進めていた。

自分だけ、どこか止まったままだったみたいに思える。

その時。

『引かないの?』

不意に、そんなメッセージが届く。

洸太は眉を寄せた。

『何が』

『バツイチ』

数秒、言葉が出なかった。

画面の向こうで、文姫がどんな顔をしているのか分からない。

冗談っぽく打っているのか。

それとも少し、本気なのか。

洸太はゆっくり親指を動かす。

『別に』

それだけじゃ足りない気がして、少し考える。

そして。

『文姫が文姫なのは変わんないだろ』

送った瞬間。

自分で少し恥ずかしくなった。

何言ってるんだ、と思う。

高校の頃みたいだ。

でも、送信取り消しをする勇気もなかった。

スマホを伏せて、顔を覆う。

数秒後。

小さく通知が鳴った。

洸太は恐る恐る画面を見る。

『……そういうとこ、変わってないね』

その一文に。

洸太の胸は、静かに締めつけられた。
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