君と終わった街で
――ブロロロロ……
ガタガタと軽自動車が揺れる。
舗装の悪い坂道を登るたび、車体が小さく跳ねた。
「うわ、懐かし……」
助手席の文姫が窓の外を見ながら笑う。
「この道、高校の頃からガタガタだったよね。まだ直してないんだ」
「市が金ないんだろ」
洸太が苦笑する。
すると文姫が、突然身を乗り出した。
「あっ!ここまだあったんだ!」
指差した先には、小さな駄菓子屋。
色褪せた看板も、古いシャッターも、あの頃のままだった。
「すごっ……」
文姫は本当に嬉しそうに目を輝かせる。
その横顔を見ながら、洸太は小さく笑った。
「ほんと変わんねぇな、この街」
「いい意味でも悪い意味でも」
「なんも変わってない」
「それがいいんじゃん」
文姫は楽しそうに笑う。
その声を聞くだけで、洸太の頬が勝手に緩んだ。
三年前。
文姫はアメリカへ飛び立った。
そこから二年間、超遠距離恋愛が始まった。
時差はきつかった。
会えないのも苦しかった。
それでも二人は、一日も欠かさずLINEをした。
少しの時間でもテレビ電話を繋いだ。
今日何食べたとか。
仕事がしんどいとか。
眠そうな顔とか。
そんな些細な時間を、少しずつ積み重ねていった。
そして二年後。
帰国した文姫と一緒に暮らす予定だった。
でもそのタイミングで、洸太の母親の体調が悪化した。
洸太は仕事を辞め、地元へ戻ることを決めた。
結局また遠距離になった。
でも。
文姫はその頃には、もう決めていたらしい。
東京を離れることを。
アメリカ勤務中。
元旦那が文姫の職場へ現れた。
“文姫の居場所を教えろ”と暴れたらしい。
すぐ警察に連れていかれた。
でも文姫は思ったのだ。
あの男がいるかもしれない街で、もう生きたくないと。
会社へ迷惑をかけるのも嫌だった。
だから仕事を辞めた。
そして今日。
こうして地元へ戻ってきた。
洸太の隣へ。
「ってか、文姫」
洸太が後部座席をちらりと見る。
「荷物多くない?」
「まあ、お土産とかあるし?」
文姫が悪戯っぽく笑う。
「俺の部屋入るかな……」
「狭かったら、もっと大きい家借りようよ」
さらっと言われて、洸太は少し笑う。
「……まあ、そうだな」
毎日一緒にいられる。
その事実だけで、胸が妙に落ち着かなかった。
洸太はちらりと文姫を見る。
本当に綺麗になったと思う。
でも笑った時の顔だけは、高校の頃と変わらない。
「文姫、仕事辞めんのもったいなかったんじゃない?」
文姫は少し考える。
「うーん……まあ、思うとこはあるけど」
それから、小さく笑った。
「でも私の仕事もリモートでできるし、なんとかなるよ」
「それに」
文姫は少し照れながら洸太を見る。
「早く洸太と一緒に暮らしたかったから」
「ちょうど良かったのかも」
その笑顔を見た瞬間。
洸太は思う。
――やばい。
なんでこの人、こんなにどストライクで可愛いんだ。
自然と口元が緩む。
その時だった。
「ちょっ、洸太!待って!」
文姫が突然声を上げる。
「止まって!」
「え、どうした!?」
洸太は慌ててブレーキを踏む。
文姫は窓の外を指差した。
「ほら!この公園!」
そこには、小さな公園。
見慣れたベンチ。
大きな木。
高校時代、何度も通った場所だった。
文姫は嬉しそうに笑う。
「覚えてる?」
洸太は一瞬だけ固まる。
「あー……うん」
苦笑しながら頷く。
「最後に告白した場所だろ?」
「正解」
文姫は笑いながら車を降りた。
「ちょ、おい」
洸太も慌てて後を追う。
文姫はベンチへ座る。
昔と同じ場所。
同じ景色。
でも。
隣に座る相手だけは、あの頃と違った。
「はい、いいよ」
文姫が真っ直ぐ洸太を見る。
洸太が目を丸くする。
「……え、まじ?」
その瞬間。
大きな木が風で揺れた。
葉の隙間から差し込む光が、ベンチの二人を優しく照らす。
洸太は少し笑う。
でもその声は、ちゃんと震えていた。
「……文姫」
文姫が笑う。
「うん」
洸太は真っ直ぐ文姫を見る。
今度こそ、逃げないように。
ちゃんと届くように。
「大大大好きです」
文姫が少し吹き出す。
「小学生みたい」
「うるせぇ」
洸太も笑う。
それから、ちゃんと言った。
「これから先も、ずっと一緒にいてくれますか」
文姫は、嬉しそうに頷く。
その目には少し涙が浮かんでいた。
「はい」
柔らかい声だった。
「ずっと、洸太と一緒にいます」
それから少し照れながら笑う。
「私も、大大大好きです」
暖かい陽だまりの中。
ベンチへ並んで座りながら、文姫は思う。
――なんて幸せなんだろう、と。
夕暮れの駅前。
高校の頃、何度も歩いた道。
一度は終わったはずの場所。
文姫は小さく笑う。
「……変わってないね、この街」
洸太も笑った。
「いや、少し違うだろ」
文姫が首を傾げる。
洸太は隣に並ぶ文姫を見る。
そして、静かに言った。
「今は、ちゃんと隣にいる」
風が静かに吹き抜ける。
高校の頃、終わったはずだった。
でもきっと。
ここからまた、始まっていく。
――君と終わった街で
fin.
ガタガタと軽自動車が揺れる。
舗装の悪い坂道を登るたび、車体が小さく跳ねた。
「うわ、懐かし……」
助手席の文姫が窓の外を見ながら笑う。
「この道、高校の頃からガタガタだったよね。まだ直してないんだ」
「市が金ないんだろ」
洸太が苦笑する。
すると文姫が、突然身を乗り出した。
「あっ!ここまだあったんだ!」
指差した先には、小さな駄菓子屋。
色褪せた看板も、古いシャッターも、あの頃のままだった。
「すごっ……」
文姫は本当に嬉しそうに目を輝かせる。
その横顔を見ながら、洸太は小さく笑った。
「ほんと変わんねぇな、この街」
「いい意味でも悪い意味でも」
「なんも変わってない」
「それがいいんじゃん」
文姫は楽しそうに笑う。
その声を聞くだけで、洸太の頬が勝手に緩んだ。
三年前。
文姫はアメリカへ飛び立った。
そこから二年間、超遠距離恋愛が始まった。
時差はきつかった。
会えないのも苦しかった。
それでも二人は、一日も欠かさずLINEをした。
少しの時間でもテレビ電話を繋いだ。
今日何食べたとか。
仕事がしんどいとか。
眠そうな顔とか。
そんな些細な時間を、少しずつ積み重ねていった。
そして二年後。
帰国した文姫と一緒に暮らす予定だった。
でもそのタイミングで、洸太の母親の体調が悪化した。
洸太は仕事を辞め、地元へ戻ることを決めた。
結局また遠距離になった。
でも。
文姫はその頃には、もう決めていたらしい。
東京を離れることを。
アメリカ勤務中。
元旦那が文姫の職場へ現れた。
“文姫の居場所を教えろ”と暴れたらしい。
すぐ警察に連れていかれた。
でも文姫は思ったのだ。
あの男がいるかもしれない街で、もう生きたくないと。
会社へ迷惑をかけるのも嫌だった。
だから仕事を辞めた。
そして今日。
こうして地元へ戻ってきた。
洸太の隣へ。
「ってか、文姫」
洸太が後部座席をちらりと見る。
「荷物多くない?」
「まあ、お土産とかあるし?」
文姫が悪戯っぽく笑う。
「俺の部屋入るかな……」
「狭かったら、もっと大きい家借りようよ」
さらっと言われて、洸太は少し笑う。
「……まあ、そうだな」
毎日一緒にいられる。
その事実だけで、胸が妙に落ち着かなかった。
洸太はちらりと文姫を見る。
本当に綺麗になったと思う。
でも笑った時の顔だけは、高校の頃と変わらない。
「文姫、仕事辞めんのもったいなかったんじゃない?」
文姫は少し考える。
「うーん……まあ、思うとこはあるけど」
それから、小さく笑った。
「でも私の仕事もリモートでできるし、なんとかなるよ」
「それに」
文姫は少し照れながら洸太を見る。
「早く洸太と一緒に暮らしたかったから」
「ちょうど良かったのかも」
その笑顔を見た瞬間。
洸太は思う。
――やばい。
なんでこの人、こんなにどストライクで可愛いんだ。
自然と口元が緩む。
その時だった。
「ちょっ、洸太!待って!」
文姫が突然声を上げる。
「止まって!」
「え、どうした!?」
洸太は慌ててブレーキを踏む。
文姫は窓の外を指差した。
「ほら!この公園!」
そこには、小さな公園。
見慣れたベンチ。
大きな木。
高校時代、何度も通った場所だった。
文姫は嬉しそうに笑う。
「覚えてる?」
洸太は一瞬だけ固まる。
「あー……うん」
苦笑しながら頷く。
「最後に告白した場所だろ?」
「正解」
文姫は笑いながら車を降りた。
「ちょ、おい」
洸太も慌てて後を追う。
文姫はベンチへ座る。
昔と同じ場所。
同じ景色。
でも。
隣に座る相手だけは、あの頃と違った。
「はい、いいよ」
文姫が真っ直ぐ洸太を見る。
洸太が目を丸くする。
「……え、まじ?」
その瞬間。
大きな木が風で揺れた。
葉の隙間から差し込む光が、ベンチの二人を優しく照らす。
洸太は少し笑う。
でもその声は、ちゃんと震えていた。
「……文姫」
文姫が笑う。
「うん」
洸太は真っ直ぐ文姫を見る。
今度こそ、逃げないように。
ちゃんと届くように。
「大大大好きです」
文姫が少し吹き出す。
「小学生みたい」
「うるせぇ」
洸太も笑う。
それから、ちゃんと言った。
「これから先も、ずっと一緒にいてくれますか」
文姫は、嬉しそうに頷く。
その目には少し涙が浮かんでいた。
「はい」
柔らかい声だった。
「ずっと、洸太と一緒にいます」
それから少し照れながら笑う。
「私も、大大大好きです」
暖かい陽だまりの中。
ベンチへ並んで座りながら、文姫は思う。
――なんて幸せなんだろう、と。
夕暮れの駅前。
高校の頃、何度も歩いた道。
一度は終わったはずの場所。
文姫は小さく笑う。
「……変わってないね、この街」
洸太も笑った。
「いや、少し違うだろ」
文姫が首を傾げる。
洸太は隣に並ぶ文姫を見る。
そして、静かに言った。
「今は、ちゃんと隣にいる」
風が静かに吹き抜ける。
高校の頃、終わったはずだった。
でもきっと。
ここからまた、始まっていく。
――君と終わった街で
fin.