君と終わった街で
最終章
出発の日は、驚くほど早く来た。

あの日、洸太と気持ちを確かめ合ってから、たった一日。

たった一日なのに。

文姫にとっては、何年分よりも濃い時間だった。

仕事終わりに待ち合わせして。

コンビニで適当に飲み物を買って。

駅前を歩いて。

他愛ない話をして。

昔の話で笑って。

海外での生活について話して。

不安だとか、寂しいとか。

そういう言葉を、お互い少しずつ口にした。

文姫も仕事だったから、実際に一緒にいられたのは数時間だけ。

でも。

その数時間は、あっという間に溶けていった。

そして今。

空港。

大きなガラス窓の向こうでは、飛行機が静かに並んでいる。

人の話し声。

アナウンス。

キャリーケースの音。

その全部が、妙に遠く聞こえた。

――ピンポーン。

搭乗案内の音が響く。

『○○便をご利用のお客様――』

文姫が乗る便だった。

とうとう、この時間が来てしまった。

文姫は小さく洸太の顔を覗き込む。

「……とうとう、お別れだね」

その声は、少しだけ震えていた。

洸太は笑おうとする。

でも、うまく笑えない。

「ああ、そうだな」

短く答える。

それから。

「頑張れよ」

文姫は小さく頷く。

「うん」

その目が少し潤んでいることに、洸太は気づいていた。

今の時代。

テレビ電話だってある。

LINEだってある。

繋がる方法なんて、いくらでもある。

それでも。

“会えない”という事実は、やっぱり重かった。

文姫は少し俯いてから、ぽつりと呟く。

「……洸太、浮気しないでね」

洸太は思わず笑う。

「当たり前だろ」

それから真っ直ぐ文姫を見る。

「何年好きでい続けてると思ってんだよ」

文姫の睫毛が小さく揺れる。

洸太は続けた。

「いくらでも待つ」

「百年でも、二百年でも」

真っ直ぐだった。

高校の頃から、何も変わらないくらい。

文姫は少しだけ恥ずかしそうに笑う。

それから、小さな声で言った。

「……洸太」

「ん?」

「ちょっと、目瞑って」

「……お、おう」

洸太は素直に目を閉じる。

次の瞬間。

唇へ、柔らかい感触が触れた。

一瞬だった。

でも。

心臓が止まりそうになるくらい、熱かった。

洸太が驚いて目を開ける。

そこには。

真っ赤な顔で、こっちを見ている文姫がいた。

「……い、一応」

文姫が視線を逸らしながら、小さく言う。

「上書きした」

その瞬間。

洸太の心臓が、大きく跳ねた。

我慢していた。

絶対泣かないって決めていた。

笑って送り出そうと思っていた。

なのに。

気づけば、一筋の涙が頬を伝っていた。

「……っ、やば」

洸太は少し笑いながら、文姫を強く抱きしめる。

離したくなかった。

本当は。

どこにも行かせたくないくらい。

でも。

文姫が前を向こうとしていることを知っているから。

洸太は文姫の髪へ顔を埋めながら、静かに言った。

「……文姫」

文姫が小さく顔を上げる。

洸太は涙混じりに笑った。

「ありがとう」

「待ってるから」

文姫は洸太の胸の中で、小さく頷く。

その瞬間。

搭乗案内のアナウンスが、もう一度静かに響いた。
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