冷酷CEOは、家政婦の私にだけ甘すぎる
借金持ちの家政婦
『冷酷CEOは、家政婦の私にだけ甘すぎる』
第一章 借金持ちの家政婦
「朝比奈さん、今月で契約終了になります」
その言葉を聞いた瞬間、朝比奈紬は、自分の心の奥が静かに冷えていくのを感じた。
午後三時。
派遣会社の小さな会議室。
白い壁。
安っぽい長机。
飲みかけの紙コップ。
少し古い空調の音。
窓の外では春の日差しが明るく照っているのに、この部屋だけ空気が薄暗い。
向かい側に座る営業担当の男性は、気まずそうに視線を逸らした。
「先方の業績悪化で、人員整理が入りまして……」
「はい」
「朝比奈さんに問題があったわけではないので」
問題があったわけではない。 でも、必要なくなった。
意味としては、それだけだった。
紬は膝の上でそっと手を握る。
乾燥で荒れた指先が少し痛んだ。
最近はハンドクリームを買う回数も減った。
ドラッグストアで値札を見て、「まだ大丈夫」と棚へ戻すことが増えたから。
営業担当は何か気まずそうに言葉を探していた。
「次の案件も探しますので……」
「ありがとうございます」
紬は笑った。
困っていても、辛くても、笑う。
それはもう癖だった。
そうしないと、自分まで崩れてしまいそうだから。
会議室を出たあと、紬はしばらく廊下で立ち止まった。
ガラス窓に映る自分を見る。
白いブラウス。 黒のスカート。 細い身体に、少し色素の薄い茶色の髪。
顔立ちは地味で、どこにでもいる普通の女。
思っていた以上に疲れた顔をしていた。
目の下には薄く隈が浮かんでいる。
ここ数ヶ月、まともに休んだ記憶がない。
昼は派遣。夜はコンビニ。休日は清掃バイト。
父が残した借金を返すために、紬はずっと働き続けていた。
父は、人を信じやすい人だった。
保証人になって。 騙されて。 会社が潰れて。
気づけば、数百万の借金だけが残った。
母はとうに家を出ている。
だから紬は、一人で返すしかなかった。
スマホを開いて、銀行アプリの残高を見る。
数字を見るたび、呼吸が浅くなる。
派遣の契約が切れたら、コンビニだけでは足りない。
でも今さら正社員なんて無理だ。
資格もなければ学歴も普通。 もちろん特別な能力はなく、ただ、人より少しだけ我慢強いだけ。
エレベーターへ向かう途中、同じ派遣社員の女性とすれ違った。
「あれ、朝比奈さん。打ち合わせ終わったんですか?」
「うん」
「どうでした?」
紬は一瞬迷ってから笑う。
「契約終了だって」
「えっ……」
相手が気まずそうな顔になる。
「そ、そっか……」
「大丈夫。慣れてるから」
本当は慣れてなんかいない。 でもそう言うしかなかった。
駅へ向かう帰り道、人混みの中を歩きながら、紬はぼんやりと周囲を見た。
笑いながら歩く学生。
ベビーカーを押す母親。
カフェで談笑する会社員。
みんな普通に生きている。
どうして自分だけ、こんなに毎日必死なんだろう。
そんなことを考えてしまう日は、大抵疲れている。
*
第一章 借金持ちの家政婦
「朝比奈さん、今月で契約終了になります」
その言葉を聞いた瞬間、朝比奈紬は、自分の心の奥が静かに冷えていくのを感じた。
午後三時。
派遣会社の小さな会議室。
白い壁。
安っぽい長机。
飲みかけの紙コップ。
少し古い空調の音。
窓の外では春の日差しが明るく照っているのに、この部屋だけ空気が薄暗い。
向かい側に座る営業担当の男性は、気まずそうに視線を逸らした。
「先方の業績悪化で、人員整理が入りまして……」
「はい」
「朝比奈さんに問題があったわけではないので」
問題があったわけではない。 でも、必要なくなった。
意味としては、それだけだった。
紬は膝の上でそっと手を握る。
乾燥で荒れた指先が少し痛んだ。
最近はハンドクリームを買う回数も減った。
ドラッグストアで値札を見て、「まだ大丈夫」と棚へ戻すことが増えたから。
営業担当は何か気まずそうに言葉を探していた。
「次の案件も探しますので……」
「ありがとうございます」
紬は笑った。
困っていても、辛くても、笑う。
それはもう癖だった。
そうしないと、自分まで崩れてしまいそうだから。
会議室を出たあと、紬はしばらく廊下で立ち止まった。
ガラス窓に映る自分を見る。
白いブラウス。 黒のスカート。 細い身体に、少し色素の薄い茶色の髪。
顔立ちは地味で、どこにでもいる普通の女。
思っていた以上に疲れた顔をしていた。
目の下には薄く隈が浮かんでいる。
ここ数ヶ月、まともに休んだ記憶がない。
昼は派遣。夜はコンビニ。休日は清掃バイト。
父が残した借金を返すために、紬はずっと働き続けていた。
父は、人を信じやすい人だった。
保証人になって。 騙されて。 会社が潰れて。
気づけば、数百万の借金だけが残った。
母はとうに家を出ている。
だから紬は、一人で返すしかなかった。
スマホを開いて、銀行アプリの残高を見る。
数字を見るたび、呼吸が浅くなる。
派遣の契約が切れたら、コンビニだけでは足りない。
でも今さら正社員なんて無理だ。
資格もなければ学歴も普通。 もちろん特別な能力はなく、ただ、人より少しだけ我慢強いだけ。
エレベーターへ向かう途中、同じ派遣社員の女性とすれ違った。
「あれ、朝比奈さん。打ち合わせ終わったんですか?」
「うん」
「どうでした?」
紬は一瞬迷ってから笑う。
「契約終了だって」
「えっ……」
相手が気まずそうな顔になる。
「そ、そっか……」
「大丈夫。慣れてるから」
本当は慣れてなんかいない。 でもそう言うしかなかった。
駅へ向かう帰り道、人混みの中を歩きながら、紬はぼんやりと周囲を見た。
笑いながら歩く学生。
ベビーカーを押す母親。
カフェで談笑する会社員。
みんな普通に生きている。
どうして自分だけ、こんなに毎日必死なんだろう。
そんなことを考えてしまう日は、大抵疲れている。
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