私の恋を探してください
プロローグ


 ――拝啓、おばあ様。

 私は、今――痴漢に遭っております。



 違和感を覚えたのは、満員電車でギュウギュウ詰めに押しつぶされている中。
 電車自体は初めてではないけれど、こんな風な状況は生まれて初めてだ。
 車両の中ほどまで流れ着き、どうにか電車の揺れに足を踏ん張っていると、不意に、ザワリと、背筋が寒くなった。

 ――……うそ。

 ――足……撫でてる……?

 もしかしたら、ただ、手やバッグが不可抗力で当たったのかもしれない――そう思うには、意思を持った動きなのだ。

 私は、振り返る事もできず、バッグを抱える腕に力を込めた。

 ――コレ、どうしたらいいんだろう……?

 ――学校じゃ、教えてくれなかった。

 到着駅には、まだ、時間がありそうだし――このまま感触が消えるのを待つしかない?

 徐々に震える身体。
 けれど、お構いなしに、足を触る手はお尻の方へ。

「――……っ……っ……!!!」

 思わず肩を跳ね上げ、目を閉じる。

 ――こんな時、どうしたら――。

 そう思った瞬間、持っていたバッグに、ほんの少し重みが加わった。

 ――え?

 違和感にうっすらと目を開けると、自分のものではないスマホが、こちらに向けられ置かれている。


 ――”助けが必要?”


 私は、そのまま、かすかにうなづく。
 と、同時に、後ろからカエルのような、ぐえっ、と、いう悲鳴。
 そして、駅到着のアナウンスが流れると同時に、ハスキーな声が耳に届いた。

「ホラ、アンタ、一緒に降りて!さっさと来い!この痴漢野郎!!!」

 ざわつく車内をかき分けるように、その声の主は私を引きずり、後ろからはギャアギャアとわめき声が起こった。
 異変が起きているのに気づいた乗客たちが、ありがたく道を開けてくれたおかげで、私は、無事にホームに降り立つ。

「――……あ、の……」

 そして、手を引いてくれていた(ぬし)の背中を見やった。

「ああ、大丈夫――じゃないね。ゴメン、ちょっと待っててくれる?」

 そう言って振り返ったのは――見惚れるほどの、美女。
 背中までの黒髪、スラリ、と、した肢体。
 百六十五センチの私よりも、少し高いのは――ヒールのせいだろうか。

「ちょっと、アンタ、聞こえてる?」

 放心状態だった私は、目を丸くしたまま、コクン、と、うなづく。
 すると、彼女は、大声でわめきたてている男へと近づき、何事かを囁く――と、同時に、後ろから男を捕らえている長身の男性に合図を出した。
 彼等の視線の先には、騒ぎを聞きつけてやって来た駅員たち。
 痴漢男は、そのままどこかに引きずられていった。

「……あ……の……」

「ああ、これから、事情聴取(・・・・)だから、あなたも来てくれるかな?」

 美女は、にこやかにそう言って、視線をホームの先にあるエスカレーターへ向ける。

「え、あ、あの……私……」

 ――何も悪い事なんてしていないのでは。

 そう思ったのが伝わったのか、彼女は、苦笑いで答えた。

「ゴメンね。でも、痴漢の被害を申告してくれないと、あのヘンタイ捕まえられないの」

 私は、瞬間、首を振る。

「す、すみません、無理ですっ……!」

「え、でも、されたんでしょ、痴漢?」

 少々不可解な表情で尋ねられるが、私は更に首を振った。


「じ、時間が無いんです!――早く行かないと、おばあ様が……!」


 そう言って九十度に頭を下げ、ダッシュ――しそこねた。

 まるで、私が犯罪者のように、彼女に首根っこを掴まれる。

「あ、あの!」
「困るわー。あの男、常習犯で、ようやく捕まえたから、協力お願い?」
「無理です!」
「無理でも‼」
「だから――」

「ああ、もう!だぁから!アンタの被害届貰わねぇと、こっちが困るんだよ!コイツを無罪放免にしたら、また被害者が増えるだろうが!!!」

 その口調に、私が目を丸くしていると、目の前の美女は、平然とその黒髪に手をやり――


 ――……美……”女”……???


 ウィッグだったのか、ズルリ、と、髪がずり下がる。
 そして現れたのは――


「悪いな、一応、オレは()だ」



 ――拝啓、おばあ様。

 ――都会は、いろんな人がいるようです――……。

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