執拗な恋、夜を飲み干す。
 今夜もほどほどに酔いが回ったところで、私は席を立とうとした。その時、「紗希さん」と玲さんに名前を呼ばれ、そちらを向く。


「もう帰りますか?」

「あ、はい。そろそろ。いい感じに酔っちゃったので」


 玲さんがカウンターを回ってこちらに近付いてくると、「次の土曜日、予定ありますか?」と問いかけられた。首を横に振ると、一枚のチケットを差し出される。それは、有名な高級レストランのペアチケットだった。私のような一般人がそう簡単に手に入れられるようなものではなく、思わず目を見開く。


「こ、れは?」

「お客さんからもらったんですけど、一緒に行く人もいないので。よければ一緒に行きませんか?」


 まさか誘ってもらえるとは思っておらず、困惑と嬉しさが入り混じる。

 「行きたいです」と返事をしようとしたその時、雅さんが後ろからそのチケットを覗き込んでいた。


「へぇ。珍しい。そう言うの行く相手がいないからって俺と夏帆に譲ってくれるじゃん」


 その言葉に、玲さんは目を見開き「な、何盗み聞きしてんの…!」と動揺した様子を見せた。ほんのり、いつもより頬が赤くなっている気がする。

 雅さんの指摘に、私までもが意識してしまいそうになった。だってそれは、玲さんも少しは私と過ごしたいと思ってくれているんじゃないかと、期待してもいいのではないかなんて…。


「へぇ、聖人君子な玲くんが夜に女性を二人きりのデートを誘うんだ? へぇ〜」

「なんなの? 君はそういう発想になるかもしれないけど、君みたいに全員が下半身で考えてると思わないでくれる?」

「結婚してこっちは落ち着いてんだよ。黙ってろ、ムッツリ」

「君こそ、その無駄な口閉じたら?」


 にこにこと笑顔で毒を吐き合う二人の空気に、なかなかついていけない。これがいつものやり取りで、本気で言い合っていないことも分かっている。だけど、そんな冗談よりも、先ほどの雅さんの言葉の方がどうしても気になって仕方がなかった。
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