醜と美そして陰謀論、を物語る。
宗教とは死ぬもののため、政治とは生きるもののため、そして過去と未来を別つ
あの女の死で王は生まれ変わった、そう見るむきもある。息子たちは日に日に父である王を見返して尊敬の念を深めている。
長男は以後父を真似たいと言うしあの次男も理想の王と唸り三男はどこか悲し気な顔を何故かしているが、これはまさに晩年を以て光り輝いているかのようだ。
堕落していたのはあの女が悪かったのか? 負の影響を与えていたのか? 長男と次男はしきりにそう言うしどうしてか私を納得させに来ている。あれは傾国であり諸悪の権化であるとかないとか。
別にそれでもいいが……いや、あの人はあの女の前からあれだったし、それが深まったというぐらいだとしか私には思えないのだが。
人は偉くなると昔からそうだったという向きが強くなり、あいつは昔は駄目駄目だったよなとゲスな扱いも言いたがるものだが、あの人の場合は本当に昔から駄目でいまが逆におかしいぐらいで……
そうなるとあれか、あの女の死が良い影響を与えたで、まぁいいでしょう。若くて死んで可哀想だからそれぐらいの功績は認めてあげます。
でもなんでそれでこうなるのかが全然わからないまま。人の精神とは「こだわり・プライド・被害者意識」で構成されていて王はそれが分かりやすかった。
愛するものを殺された被害者意識・若々しいというプライドに女へのこだわり……それを全て投げ捨てている。だからこそ成果となっているわけだが、それを捨てて何を得るというのか?
名誉か? しかし……誰に見せようとしているというの? 国民? まさか、あなたはそこをあまり気にしなかったじゃないの。ほら家臣たちが喜んでいるのを見てもあなたはちっとも喜ばない。
家族? いいえ、息子たちが讃えてもあなたは少しも嬉しそうではない。娘たちとの別れは逆に無理をしてあなたが楽しそうにしていたじゃないの。それは本当に苦行をしている証。
日に日に衰えていく姿はそのまま自罰的ですっかり老人じゃないの。それはポーズじゃなかったのか。つまりこの問題を解決するまで決して己の楽しみを前にしない。後の楽しみにするこれぞ後楽園思想とでも? でも、そんな雰囲気はまるでない。だから私はこう尋ねた。
「この問題が解決しましたら元に戻られるのですか?」
「……元に?」
王の反応に私は冷たいものを覚えた。
「ですから以前のあなたにですよ。髪も染め直したり美味しものを食べたりとです。嫌ですよ私は、老いぼれが夫だなんて。年相応か多少は若作りをしてください。老いに抗うのは健康的ですしなによりもそれも一つのマナーですからね。おいたわしいと周りに思わせないのも気遣いです」」
「……しない。僕はこのままだ」
「このままって……なんのためにです? もう今日から領土問題は解決しているのですよ。そうしたらそのようなことはしなくていいのですよ」
「違うよ。これはそのためのものではないよ」
「なら、あの女のためにですか?」
失言だと言ったすぐに思うが、だからなんだと私は思った。あれを気遣う理由とか私にあるの? いや、ない。
そしてこれは言わなければならないことだ。妻である自分は聞いてしかるべきことであり正当なる非難であり訴えだ。あなたがこれでどのような思いを抱き悲しんだり怒ったりしてもそれは聞いた私のせいではない。
あなたのその不誠実な魂のせいです。さぁ、どう返す。全て跳ね返してやるからかかってこい。
「違うよ。彼女のためじゃない」
「嘘ですよ」
この言い訳かとある意味で予想通りであったため跳ね返すと王は微笑んだ。
「だってあの娘は死んだじゃないか。死んで、いるんだよ。だからもう彼女には何もできないし、したって無意味だ」
「そ、ですね……」
えっ? 何を言っているのと王妃は息が止まりながらもなんとか言葉を返した。そうですね、と心の中で言い直すが、改めて王妃は思う。
この人はいったい何を言っているんだと。
なんだこの混乱は? その言葉はこちらが用意したものであってあなたが言うものではないのですが、とは言えない。そうだ、そう。せめてもの償いだとか見守ってくれているんだと言った亡き女を想うと書いて妄想となるそんな世迷い言。
あの娘は死んでいるじゃないの、と。
それへの反撃のために用意していたのに、よりによってあんたがそれを言うわけ? ますます分からなくなってきた。どうしても名君になりたいから頑張っているだけでは納得できない。
あなたはきっと何かを企んでいる。そう、陰謀があるはずなんだ。
「過去の死や死者に対してどうかするのは宗教の領分さ。でも僕がやっているのは未来ある生者をどうするかという政治の領分。その二つは兼てはならないし分かたなければならない。よって僕の行いは生きているもののため、そして全て自分の名誉のためさ。簡単な話だろ」
その通りと言いたい、が王妃には言えない。
「君には心から感謝している、この件に関しては感謝してもしきれないことだ。最高の仕事をしてくれた理想のビジネスパートナーさ」
「……どういたしまして」
もどかしくて仕方がない。そんな感謝の言葉よりも真意を知りたい。あなたは本当は何を望んでいるのか? 全部嘘で実はこうこうで……と言って貰いたかった。
無いということが信じられない不信から陰謀論が産まれるが、これはなんだろう? 嫉妬かそれとも……愛とでも? 私はあなたをこれほどまでに知りたいと思ったことは今まで一度も無かった。
知りたいという感情は愛とでもいうのか? そんな馬鹿な。こんなに疑心暗鬼であるというのに愛なはずがない。
領土問題の解決からしばらく経って王は落馬による事故が原因で亡くなった。在位25年で享年55歳。例の事件からすでに10年が経っていた。短命に見られようが王族としてはほどよく生きたと言ってもいいかもしれない、そんな微妙な年齢だ。
王妃は哀しみの涙をこぼすよりもやはり不可解さがその胸中を渦巻いている。あなたは謎を墓の中に持っていったということ? それとも……そんなものはなかった? 全ては私の思い過ごし……
しかし、あった。やはりあった。それは妙な遺書が予てから残されていたのだ。もし突然亡くなったとしたら後継者の発表は○○年でないとならない、と。つまり三年後となる。
そう、謎が残されていくも、やがて明かされるものである。次回、王の真意。