六点差の向こう側にある優勝
プロローグ
体育館の空気は、音が消えたみたいに重かった。
でも実際には、音はずっと鳴っている。
バッシュが床を擦る音。
誰かの荒い呼吸。
ベンチで揺れるタオルの音。
全部が混ざって、変な圧になっていた。
スコアボードだけが、やけに静かだった。
88-82
その数字だけが、はっきりとそこにあった。
残り7.4秒。
インターハイ予選決勝。
神代高校男子バスケットボール部。
私は記録席でペンを握ったまま動けなかった。
ゆな。
女子バスケットボール部の部長兼マネージャー。
本当は、ただ記録を取るだけのはずだった。
でも今日は違った。
目が離せなかった。
コートの中央。
しょうへい先輩が立っている。
キャプテン。
PG。
呼吸が荒い。
ユニフォームは汗で重そうに貼りついていた。
それでも、目だけは前を見ていた。
「……いける」
誰かの声がした。
でもそれは、希望というより祈りに近かった。
ベンチを見る。
るき先輩が座っている。
怪我をしている足を軽く押さえながら。
でも視線だけはコートから外れていない。
その目が言っている。
『まだ終わってない』
りゅうと先輩。
エース。
さっきまで必死に点を取り続けていたのに、今は膝に手をついて息を整えている。
限界が近いのが分かる。
りょう先輩は、ただ前を見ている。
表情がほとんど動かない。
でも手は小さく震えていた。
らい先輩は、相手エースの動きをずっと見ていた。
守備職人。
最後の一本を止めることだけを考えている目。
たける先輩は、ベンチの端でタオルを握りしめていた。
出ていない。
でも、ずっと立っている。
そして、しょうへい先輩がボールを持った。
一歩。
二歩。
相手ディフェンスが寄る。
その瞬間、体育館の空気が一段だけ重くなる。
「来るぞ」
誰かが呟いた。
しょうへい先輩が止まる。
一瞬だけ。
そして、パス。
りょう先輩。
キャッチ。
シュートモーション。
その瞬間、時間が少しだけ遅くなった気がした。
ボールが手から離れる。
私は無意識に息を止めていた。
リングに向かって、ボールが落ちていく。
外れた。
金属音。
静寂。
そのあと、一気に音が戻ってくる。
リバウンド。
相手ボール。
残り数秒。
しょうへい先輩が一歩下がる。
でももう届かない。
ブザー。
試合終了。
88-82。
一瞬だけ、本当に一瞬だけ、体育館から音が消えた。
次の瞬間。
泣き声があふれた。
ベンチ。
観客席。
保護者席。
全部が崩れるように泣き始める。
でもコートの上は、静かだった。
しょうへい先輩は膝に手をついたまま動かない。
りゅうと先輩は外した手を見ている。
らい先輩は天井を見ていた。
たける先輩は、歯を食いしばっている。
りょう先輩は、ただボールが転がるのを見ていた。
そして。
るき先輩が、小さく言った。
「……終わったな」
その声は、悔しさじゃなかった。
怒りでもなかった。
ただ、現実を受け入れる声だった。
私はその瞬間、なぜか理解できなかった。
終わったのに。
終わった感じがしなかった。
コートの外に出ると、しょうへい先輩が泣いていた。
お母さんの胸に顔を埋めて。
子どもみたいに。
その少し後ろで、るき先輩も静かに泣いていた。
お兄さんに肩を預けながら。
コートの上では見えなかった顔。
ああ、この人たちも普通なんだ。
そのとき初めて思った。
でも同時に、もう一つ思った。
普通なのに、どうしてこんなに強く見えるんだろうって。
88-82。
六点差。
負けたはずなのに。
私の中では、その瞬間。
このチームは、確かに「何か」に届いていた。
それが何なのかは、まだ分からなかった。
ただ一つだけ分かっていた。
この先、この瞬間がずっと残るということだけ。
でも実際には、音はずっと鳴っている。
バッシュが床を擦る音。
誰かの荒い呼吸。
ベンチで揺れるタオルの音。
全部が混ざって、変な圧になっていた。
スコアボードだけが、やけに静かだった。
88-82
その数字だけが、はっきりとそこにあった。
残り7.4秒。
インターハイ予選決勝。
神代高校男子バスケットボール部。
私は記録席でペンを握ったまま動けなかった。
ゆな。
女子バスケットボール部の部長兼マネージャー。
本当は、ただ記録を取るだけのはずだった。
でも今日は違った。
目が離せなかった。
コートの中央。
しょうへい先輩が立っている。
キャプテン。
PG。
呼吸が荒い。
ユニフォームは汗で重そうに貼りついていた。
それでも、目だけは前を見ていた。
「……いける」
誰かの声がした。
でもそれは、希望というより祈りに近かった。
ベンチを見る。
るき先輩が座っている。
怪我をしている足を軽く押さえながら。
でも視線だけはコートから外れていない。
その目が言っている。
『まだ終わってない』
りゅうと先輩。
エース。
さっきまで必死に点を取り続けていたのに、今は膝に手をついて息を整えている。
限界が近いのが分かる。
りょう先輩は、ただ前を見ている。
表情がほとんど動かない。
でも手は小さく震えていた。
らい先輩は、相手エースの動きをずっと見ていた。
守備職人。
最後の一本を止めることだけを考えている目。
たける先輩は、ベンチの端でタオルを握りしめていた。
出ていない。
でも、ずっと立っている。
そして、しょうへい先輩がボールを持った。
一歩。
二歩。
相手ディフェンスが寄る。
その瞬間、体育館の空気が一段だけ重くなる。
「来るぞ」
誰かが呟いた。
しょうへい先輩が止まる。
一瞬だけ。
そして、パス。
りょう先輩。
キャッチ。
シュートモーション。
その瞬間、時間が少しだけ遅くなった気がした。
ボールが手から離れる。
私は無意識に息を止めていた。
リングに向かって、ボールが落ちていく。
外れた。
金属音。
静寂。
そのあと、一気に音が戻ってくる。
リバウンド。
相手ボール。
残り数秒。
しょうへい先輩が一歩下がる。
でももう届かない。
ブザー。
試合終了。
88-82。
一瞬だけ、本当に一瞬だけ、体育館から音が消えた。
次の瞬間。
泣き声があふれた。
ベンチ。
観客席。
保護者席。
全部が崩れるように泣き始める。
でもコートの上は、静かだった。
しょうへい先輩は膝に手をついたまま動かない。
りゅうと先輩は外した手を見ている。
らい先輩は天井を見ていた。
たける先輩は、歯を食いしばっている。
りょう先輩は、ただボールが転がるのを見ていた。
そして。
るき先輩が、小さく言った。
「……終わったな」
その声は、悔しさじゃなかった。
怒りでもなかった。
ただ、現実を受け入れる声だった。
私はその瞬間、なぜか理解できなかった。
終わったのに。
終わった感じがしなかった。
コートの外に出ると、しょうへい先輩が泣いていた。
お母さんの胸に顔を埋めて。
子どもみたいに。
その少し後ろで、るき先輩も静かに泣いていた。
お兄さんに肩を預けながら。
コートの上では見えなかった顔。
ああ、この人たちも普通なんだ。
そのとき初めて思った。
でも同時に、もう一つ思った。
普通なのに、どうしてこんなに強く見えるんだろうって。
88-82。
六点差。
負けたはずなのに。
私の中では、その瞬間。
このチームは、確かに「何か」に届いていた。
それが何なのかは、まだ分からなかった。
ただ一つだけ分かっていた。
この先、この瞬間がずっと残るということだけ。
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