六点差の向こう側にある優勝

第一章 先輩たちの背中

あのチームは、静かだった。
強いチームにありがちな、騒がしさがない。
むしろ逆で、体育館の空気が自然と整っていくような感じだった。
ボールの音が、きれいだった。
パスが通る音。
ドリブルのリズム。
シュートがネットを揺らす音。
全部が揃っている。
神代高校男子バスケットボール部。
その一つ上の代は、完成されていた。
キャプテンはるき。
PG。
声を荒げない。
でも、誰よりも早くコートに立っていた。
「準備しとけよ」
その一言だけで、全部が動くタイプだった。
部長のりゅうのすけ。
センター。
背が高いだけじゃない。
いるだけで相手のドライブコースが消えるような存在感があった。
そして、みと先輩。
SF。
一番“何を考えているか分からないのに、全部分かっている人”。
この三人が中心にいた。
でも、中心という言葉すら似合わない。
ただそこにいるだけで、全部が整っていた。
私はいつも、女子バスケ部の記録席からそれを見ていた。
ゆな。
女バスの部長兼マネージャー。
同学年はいない。
だから、比較する相手はいつも男子バスケ部だった。
同じ体育館。
同じ時間。
同じ空気。
でも、別の世界みたいだった。
女子バスケ部の練習は、まだ“探している途中”だった。
パスがずれる。
声が続かない。
誰かが迷うと、全体が止まる。
でも男子バスケ部は違った。
迷いがないわけじゃない。
ただ、迷っても止まらない。
「もう一回」
るき先輩の声が響く。
当時はまだ怪我もなく、普通にコートに立っていた。
るきは、しょうへいと並んでプレーしていた。
同じPG。
でも役割は違う。
しょうへいは“前に出る司令塔”。
るきは“後ろから整える司令塔”。
二人が同時にコートにいると、不思議と試合が落ち着いた。
「今の、もう一回考えろ」
るきが言う。
しょうへいは一瞬黙る。
そして頷く。
「わかった」
それだけで次のプレーが変わる。
その関係が、少しだけ羨ましかった。
一方で、りゅうとは別格だった。
ボールを持った瞬間に、体育館の空気が少し変わる。
「来るぞ」
誰かが言う前に、もう結果が見えている。
でもりゅうとは、それを驕らない。
点を取ったあとも、何も変わらない顔をして戻る。
りょうは、ずっと同じテンションだった。
良い意味で変わらない。
どんな試合でも崩れない。
らいは、相手のエースだけを見ていた。
守備職人。
派手じゃない。
でも一番“嫌な仕事”をしていた。
たけるは、いつも最後まで残っていた。
誰よりも遅くまでシュートを打っていた。
外れても、また打つ。
その姿を見ながら、私は思っていた。
このチームは、どうしてこんなに揃っているんだろうって。
ある日、練習後。
体育館の照明が半分だけ落ちていた時間。
しょうへいが一人でドリブルをしていた。
るきが隣に座る。
「また全部やろうとしてる」
しょうへいは止まらないまま言う。
「やらなきゃ勝てないだろ」
るきは少しだけ笑った。
「お前が全部やる必要はない」
その言葉に、しょうへいは一瞬止まる。
でもすぐに言い返す。
「じゃあ誰がやるんだよ」
るきは答えなかった。
ただ、ボールの音だけが響いていた。
私はそのやり取りを、コートの外から見ていた。
このときはまだ分からなかった。
この会話が、このチームの“未来そのもの”だったことを。
春。
夏。
秋。
時間は普通に過ぎていく。
でも、そのチームは少しずつ完成に近づいていた。
パスのズレが減る。
声が短くなる。
判断が早くなる。
そして、何より。
「信じる」が当たり前になっていく。
誰かがミスしても責めない。
代わりに、次を考える。
それが当たり前になった頃。
私は気づいた。
このチームは“強くなった”んじゃない。
“壊れにくくなった”んだって。
でも、その完成は長くは続かなかった。
るきが、怪我をした。
それは突然じゃなかった。
少しずつ積み重なったものが、限界を超えただけだった。
その日から、このチームは少しずつ形を変え始める。
そして、あの88-82へ向かっていく。
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