逃げられるものならお好きにどうぞ。
「黒瀬くん、今日も上がっていく?」
「寄っていきたいところだけど……俺、これから仕事なんだ」
「そうなの?」
仕事前なのにわざわざ迎えにきてくれたんだ。
家でゆっくり休んでいればよかったのに……なんて言っても、きっと黒瀬くんは、
「少しでも百合子さんに会いたかったから」
――なんて。
恋愛ドラマに出てくるヒーロー役が言いそうな気障な台詞を、さらっと返してくれるんだろうなって、聞かなくても分かってしまう。
短い付き合いだけど、黒瀬くんが好意をストレートに伝えてくれる人だということは、もう十分というほどに理解しているのだ。
「仕事前なのに、わざわざ迎えにきてくれてありがとう。仕事、頑張ってね」
「そんなの、俺が少しでも百合子さんに会いたかっただけだから」
――ほら、やっぱり。
想像と違わぬ台詞をさらりと口にした黒瀬くんに、予想はできていても、私はいつだって普通に照れてしまう。
私の顔を覗き込んでクスリと微笑んだ黒瀬くんは、繋がっていた手を放し、お互いの体温が混ざり合ってすっかり温くなった手で、私の頬をするりと撫でた。