逃げられるものならお好きにどうぞ。


「――おい、椿。お楽しみのところ悪いが、まずはこっちを片付けてからにしろよ」



鼓膜の奥の方まで響いてきそうな、重たくて低い声。


慌てて黒瀬くんから距離をとる。

声が聞えた方に顔を向ければ、声の持ち主は、黒瀬くんが伸した男たちのかたわらに立っていた。



暗くてよく見えないけど、黒っぽいスーツを着ていて、細身ながらもがっしりした体つきをしている。多分、初めて会う人だ。

黒瀬くんの仕事関係の人なのだろうと考えながら様子を窺っていれば、相手もこちらに視線を寄越した。視線がパチリと交錯する。


無視するのも変かと思い会釈すれば、男性は煙草を持っている片手を挙げて、ひらりと振り返してくれた。



「百合子さん、ちょっとだけ待っててくれる?」

「うん」



黒瀬くんはスーツを着た男性のもとに向かっていく。

そして二言三言話したかと思えば、こちらに戻ってきた。――スーツを着た男性を連れて。

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