逃げられるものならお好きにどうぞ。
「……っ、黒瀬くんのバカ! いつもいつも……黒瀬くんは、自分勝手過ぎるよ」
「……うん」
「黒瀬くんが怪我したらどうしようって……すごく、怖かった」
「心配かけて……不安にさせて、ごめんね」
黒瀬くんの顔をよく見れば、口の端が切れて血が滲んでいる。
持っていたハンカチで口許をそっと拭おうとすれば「汚れるから」と黒瀬くんに止められるけど、制止を振り払って口許にハンカチをあてがう。
「……私だって、逃がすつもりはないんだからね」
黒瀬くんの襟元を引いて、少しだけかさついている唇にキスをする。
顔を離せば、黒瀬くんは目を丸くして、ポカンと呆けた顔をしていた。
珍しい表情に、泣いているのも忘れてクスリと笑ってしまえば、黒瀬くんは自身の唇に触れた。
そして――私の言葉の意味を理解したのか、嬉しそうに目を細めて微笑む。
「……うん。俺はずっと、百合子さんだけのものだから」
黒瀬くんの大きな手が、私の頬に触れる。
顔を持ち上げられれば近づいてくる気配を感じて、私はそっと瞼を下ろした。