逃げられるものならお好きにどうぞ。
「嬢ちゃんは、嫌じゃねーのか?」
「っ、え?」
突然話を振られたことに驚いて、思わず聞き返してしまった。
「嬢ちゃんは、椿と付き合ってんだろ?」
「あ、はい。でも……今の二人がそういう関係ではないってことは分かってるので」
――というか、美代さんが思いを寄せている相手はあなたですし。
さすがにそこまでは口に出せないので、グッと言葉を飲みこんだ。
「そうか。嬢ちゃんは懐が広い女だな」
皇さんは柔らかい笑みを湛えて私を見下ろしている。
――正直、ヤクザの若頭だと聞いて、少しだけ身構えていたんだけど……皇さんは、いい意味で普通の人だ。
想像していたよりずっと話しやすいし、その声も表情も柔らかい。
ついさっき、美代さんにお揃いにしようと言われて試着したワンピース姿を見て「二人とも似合ってんな」とサラッと褒めてくれたし、購入したワンピースが入ったショッパーもさり気なく持ってくれたりと、対応も紳士的だった。
気づけばすっかり肩の力も抜けていて、普通にお喋りを楽しんでいれば、どこからか突き刺さる視線を感じる。
視線を前方に向ければ、そこには恨めしそうなまなざしで私を見る美代さんと、含みを持った笑顔でこちらをジッと見つめる黒瀬くんがいた。