逃げられるものならお好きにどうぞ。
「――犬じゃ、こういうことはできないからね。やっぱり俺は、百合子さんの彼氏でいたいかな」
「……うん」
私も黒瀬くんの背中に手を回した。
ほっとする体温。強張っていた体が、少しずつほぐれていく感覚。
小さく息を吸い込めば、バニラとホワイトムスクのような、安心する香りに満たされる。
「……俺のせいだね」
「え?」
「やっぱり、昨日、皇さんが言ってた通りかもしれない。俺が一緒にいることで……百合子さんを、危険な目に遭わせた。そんなこと、初めから分かってるんだよ……でもさ、それでも……」
ぽつりぽつりと吐露していた黒瀬くんが、私の肩口に顔を埋める。
その身体は、よく見れば、微かに震えていて。
「百合子さん、ヤダよ。いなくならないで……」
――耳を澄まさなければ聞き取れないくらいに小さな声で、そう呟いた。
その声色は、一人ぼっちで取り残されて泣くのを必死に我慢している、迷子を連想させるような……切なくて、寂しい声だった。