逃げられるものならお好きにどうぞ。
「もしかして椿くん、佐々木ちゃんと知り合いだったりする?」
「……ううん、ごめん。人違いだったよ」
声を掛ければ、椿くんは我に返った様子で佐々木ちゃんから視線を外した。
その表情を窺うけど、もう動揺の色は見られないし、いつも通りの笑顔があるだけだ。
「その、ゆみっていうのは……」
「昔、少しの間だけお世話になったことがある人なんだ。ほら、女の人の家を転々としてる時期があったって話したでしょ? その内の一人だよ」
「……そうなんだ」
「っていっても、もう何年も会ってないし、もちろん連絡先も知らないよ。今後会ったとしても、話すこともないしね」
でも、椿くんのさっきの表情。
あれは、ただの“少しお世話になった人”に向けた顔じゃなかった。愛しい人に向ける顔、とはまた違う気がするけど……椿くんの目は、どこか悲しそうに見えた。
過去に何かあったんじゃないかなって、勘ぐってしまいそうになる。