逃げられるものならお好きにどうぞ。
「ちょっと椿、どうかしたの?」
「……気分じゃなくなった」
「え? っ、ちょっと椿、どこ行くのよ!」
「帰る」
「帰るって……椿ってば! 待ちなさいよ!」
ベッドから下りた椿は、床に落ちている服を着ると、サイドデスクに無造作に置いていたスマホを手にして部屋を出ていく。
一人ベッドの上に取り残された憂美は、呆然とした顔で、無情にも閉められた扉を見つめていた。
「……何で。何で何で、何でよ……!」
そして、真っ白なシーツの上に、何度も何度も拳を叩きつける。
今の椿は、記憶を失っている。あの女のことだって、忘れているはず。それなのに……椿のあんな顔は、見たことがなかった。
誰かを思ってあんな切なそうな顔をするだなんて、憂美は知らなかった。