Fahrenheit -華氏- Ⅲ
俺は―――背後から
瑞野さんに抱きしめられて――――る?
この状況を理解するのに数秒を要した。
驚き過ぎて、みっともなくその場で目を開いて固まった。
「関係――――あります」
「え……?」
振り向こうにも振り向けない…
「部長は―――“手頃な所で手を打って新しい彼女を作るとかない”って仰いましたよね」
言った。
確かに言った。
あの時は瑞野さんに引き返して欲しくて。
その口実だけじゃなく、俺の本心だった。
瑠華以外―――見えないんだ。
「部長はどうして―――あたしを突き放したり……かと思ったら、急に無防備になって……」
瑞野さんが俺の肩に腕を回したままそっと囁いた。甘い香りが鼻孔をくすぐる。
「あたしは、『あたしが部長を好き、って言いましたか?彼女にしてください、とか言いました?』と聞きました」
俺は頷いた。
「あたしは―――……」
瑞野さんが言いかけたとき
コンコン
ドアをノックする音が聞こえてきて、まさしく天の助けだと思い、瑞野さんの手をやんわりと引きはがし立ち上がった。
ノックはされたが、ドアの向こうにいる誰かは入ってこようとしない。
コンコン
もう一度ノックがされて、俺が顔を出すと
ファイルを持った瑠華が立っていて、俺を目に入れるとちょっと驚いたように目を開き、
「すみません、使用中でしたか」と言い踵を返そうとしたが、ふとまた振り返った。
瑞野さんの姿は俺の背に隠れて見えない。瑞野さんも今、俺と二人っきりと言う状況を知られるのが良くないと判断したのか息を殺して黙っていた。
「どうかした?」俺は空とぼけた。
「いいえ」瑠華は短く言い
「打ち合わせなら、会議使用表とホワイトボードに記載してください」と言い残して、今度こそその場を立ち去って行った。
ほぉっと深いため息がついた。
何で…
何で俺、悪いことしてない(筈)なのに、こそこそしなきゃいけないわけ?
いや
悪いこと―――だよな、これは。
完全に。
俺の背後に居る瑞野さんが、瑠華が立ち去って行ったのをきっちり見送り
「どうして―――
どうして部長は柏木補佐と別れちゃったんですか」
と聞いてきて俺は目を開いた。