Fahrenheit -華氏- Ⅲ
金曜日、啓は綾子さんを含む同期で飲んでいた、と言っていた。
綾子さんは―――あたしに麻野さんと外で飲んでいた、と言っていた。嘘ではないけれど……やっぱり嘘なのかな。
でもそれは
優しい嘘。
つまり綾子さんは―――あたしたちが別れたことを知ったに違いない。
それでいてあたしを気遣ってくれたのか、土曜日も、そして日曜日も電話をくれた。
素直に嬉しかった。
話の内容は他愛のない話だった。
綾子さんのマンションの近くにできたカフェが人気で女の子が長蛇の列を作ってる、だとか、流行りのテレビドラマの話は、お互いあんまり観ないから話題性だけでどう良いのか想像しあったり、あたしが漫画にはまってることを言うと綾子さんは思いのほか驚いていたり。
心音とももちろん電話をした。忙しいだろうに―――
こちらは主に仕事の愚痴だった。啓と別れたことなんて何でもない問題のように話題にすら上らない、それが逆にありがたかった。
そして紫利さんからも電話があって、彼女は今日作ったお料理のお話をしてくれた。今度「お着物デート」しましょう、とお誘いもあった。紫利さんとお着物で歩く……
想像するだけで楽しかったけれど、あたしは完全に迫力負けね。それを考えるだけでもちょっと面白い。
あたしは―――優しいひとたちに囲まれてる。守られてる。
サンドイッチを食べ終わってタバコを一本吸って、しかし休日のようにだらだらと意味もなくカフェに居るのは無意味のような気がした。
帰ろう。
帰って仕事しよう。
そうよ、あたしには仕事があるじゃない。
仕事をしていれば忘れられる。
そう決意をして職場に戻ると、佐々木さんが早速
「柏木さ~ん!すみませんっ!部長の次のアポ15時から入ってるんですが、今どこの会議室も使用中になってて…」
TRRR…!
「はい、外資物流本部の佐々木です!」
佐々木さんは慌ただしく内線電話を受け取り、
「はい…はい!すみません…今、部長は席を外してまして」と電話に向かってぺこぺこ。
「分かりました。私が確認してきます」とメモを佐々木さんに手渡すと
『ありがとうございます!』と佐々木さんは今にも泣きそうに手をあげた。
そう言う訳で今現在“使用中”になっていない会議室を手当たり次第当たって行こうとした。(中には利用表に記載漏れがある場合もあるし、また逆もしかり)なのでキャンセル待ちと言うのか、使われていない会議室があるかどうか…
その一つ、小さな会議室が『空室』とラベルがあり、それでも一応ノックしてみる。
中から返事はない。やはり空室なのだろうか。
それでももう一度ノックをすると
啓が顔を出した。