Fahrenheit -華氏- Ⅲ
シャワーを浴び、化粧をしてコーヒーを飲みながら新聞を読む。いつものルーティーン。
いつも同じ。
ただ、最近はそのルーティーンを少しゆっくりとやり過ごしている。
あまり早く会社に行きたくない。
啓と二人っきりになるのは、まだ―――辛い。
どうしてこんなこと続けるのだろう。
辞めたい。
何もかも捨てて、またどこかへ行きたい。
誰も、何も知らない土地へ―――
そう思った日は今日だけではない。
TRRRR
ふいにスマホが鳴り、画面に目を向けると
着信:Mになっていて更に不機嫌になる。
無視、しよう。朝からあのひとの声など聞きたくない。
TRRR
それでもしつこく掛かってくる電話に根負けした。
「Hell.」不機嫌をたっぷり含ませて電話に出ると
『Mom!』と明るい声が聞こえた。
「――――!?」
あたしは一瞬声を詰まらせた。
「July! Are you July?(ユーリ!ユーリなの!?)」
『It's me! Mom, energy?(ユーリだよ!ママ元気?)』
「I'm fine. How is July?(ママは元気よ?ユーリは?)」
『I'm fine. I'm doing everything daddy told me to do.(元気。ちゃんとパパの言いつけを守ってるよ)』
ユーリの声は弾んでいた。まるで金平糖のような甘い甘い――声。
引込めた筈の涙がまた込み上げてきた。だめよ…せっかくメイクしたのに、これじゃ落ちちゃう……