Fahrenheit -華氏- Ⅲ


「あの……今のは…もしかして柏木さんの彼氏…」


佐々木さんは目をぱちぱちさせながらバイクの立ち去った方を眺めていて


「じゃありません」あたしはキッパリと否定した。


「ちょっとした知人です」


と言う言葉が聞こえてるのか聞こえてないのか佐々木さんはぼんやりと、ただただ葵さんが立ち去った道路を見やっている。


ああ、もう最悪。


佐々木さんは葵さんをあたしのどういった“知人”なのか聞いてこなかった。


結局、佐々木さんが言いかけた言葉も聞けず、その後は何となくキマヅクなってしまった。


と言う訳で午後は散々だった。メールのスペルは間違えるし、電話の取り違え、アポが入っていたことも忘れたり…


流石に啓も心配になったのだろうか


「柏木さん…大丈夫?……体調悪いのなら帰ってもらっていいから」と眉を下げた。


体調は―――悪くないと思うけれど、傍から見たらそう見えるんだ。


「佐々木、お前も大丈夫かぁ?魂抜けてっぞ」と指摘された佐々木さんは、啓の言葉にハっとなって慌ててPCに向かう。


「二人ともどうしたんだ?」と唯一事情を知らない啓だけがひたすらに『?』マークを浮かべているのが分かった。


啓の厚意に甘えて定時を迎えるとあたしは先にあがることにした。


会社を出てすぐに葵さんに電話を掛ける。


TRRRR


『もっしも~し♪』


能天気な返答があたしの苛立ちを誘う。


「どう言うつもりですか」


間髪入れずに聞くと


『何が?』と葵さんはのんびり。


「お昼のことですよ。ああゆうスタンドプレーをされるのなら、前もって言ってください。こちらも心の準備と言うのが…」




『じゃぁ準備が出来たらってこと?そんなん毎回窺ってたら前に進めないジャン』




葵さんの言葉に、返す言葉がなかった。


そうだ


あたしは


前に―――進まなきゃいけない。


「葵さん、すみません。用件ができましたので、また後日連絡いたします」


『え…後日…?』と言う葵さんの戸惑った返答を遮って、あたしは綾子さんのメモリを開くと慌ててタップした。


『もしもし』


「綾子さん、私、柏木です。お願いしたいことが」


前に―――



進むんだ。


時は動いている。



足踏みしていたら、追い越される。


なら、突進するしかない。




Are you ready?
(準備は出来た?)




Let's go
(レッツゴー)


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