Fahrenheit -華氏- Ⅲ
『お疲れ様です、秘書室の木下です』
何だぁ?いつになく、かしこまって…と訝し気に思ったものの、
そっか…親父(会長)が近くに居るんだな。とすぐに察した。
てことは親父からの呼び出しか……
最近、成績は低迷してない、何かをやらかしたわけでもない。
堂々と行けば。
堂々と…
それでも9階に着くときはちょっと緊張した。
給湯室から綾子がひょっこり顔を出し、
「あ、綾子。親父の様子どう?これ?」
俺は頭の上で両指をにゅっと立てた。
綾子は苦笑。
「そんな様子でもなかったけれど?コーヒー二人分用意してくれって」
「二人分?親父と…」
「あんたの分」と綾子がコーヒーカップを掲げる。
何だよ……益々薄気味悪い…
顔をしかめて、それでも一応会長室をノックして「失礼します」と挨拶しながら入る。
「お呼びでしょうか、会長」
俺は親父じゃなく自身の会社の“会長”と言う男に向かって挨拶をした。
「まぁ座れ」親父……いや会長は中央にセットしてある応接セットのソファに目配せ。
益々訝しく思って、それでも大人しくソファに腰を下ろす。
親父が俺の真向かいに座り、綾子がコーヒーを運んできた。
「綾子くん、少しの間、“啓人”と二人きりにしてくれないかい?」と親父は綾子に言い、
「かしこまりました」トレーを胸の前に抱き、綾子はきっちり礼。
綾子……いつもムカつくオトコ女だが、さすが敏腕秘書なだけある。顔つきも違えば所作もきれいだ。