Fahrenheit -華氏- Ⅲ
運ばれてきたコーヒーのカップを持ち上げながら会長……いや今は“親父”?が
「で?」と聞いてきた。
俺を啓人と呼んだ辺りからプライベートな話がしたかったに違いない。
「で?」俺は意味が分からず気味悪い何かを見るように眉をしかめた。
「最近どうだ、と聞いている。結婚したい女はいないのか」
ああ、そっち?
「いねーよ」俺はそっけなく答えてコーヒーカップに口をつけた。
つい最近までいたけどな。
そう言えば……ここ最近親父から見合いの話を聞かなくなった。突然の質問に何か関係してるのか探るように目を上げると
「俺は綾子くんか瑠華ちゃんと結婚したらいいんじゃないか?と言いたい」
「は―――!?」
思わずコーヒーを吹き出しそうになった。
「な…っ!何言って…」
「綾子くんにはやんわり…と言うかキッパリ断られたがな…」親父はため息をつき
当たり前だ、綾子は俺よりあんたの方がタイプなんだよ。
「柏木さんには―――……?」恐る恐る聞いた。まさか親父が瑠華に俺との結婚を打診したんじゃないか、と。
「まだ聞いていない」との言葉にほっ。
「てか柏木さんと恋愛関係があったら、めちゃめちゃ近距離恋愛じゃねぇか、同じ部署だし、そんなん許されるんか?」
「瑠華ちゃんならいい」
とズバっと親父は言い切った。何なのその根拠は…
「むしろ“そーさん”の愛娘と結婚してくれたら俺としたら最高だ」
そーさん、て誰よそれ。
まぁ愛娘って言うから瑠華のお父さんなんだろうが。
「そもそも俺は心が寛大だ。例えお前が社内恋愛しようと咎めはしないし、どちらかを異動させようとはしない」
「寛大……良く言うぜ!実の息子に向かってノートPC投げつけてくるくせに!」
「仕事は仕事だ。俺は公私混同はしない」
「そんなの屁理屈だぜ」
「お前もチャラチャラ遊んでないで、そろそろ身を固めろ。居ないのか、そういうひとは」
居ました。超至近距離で。しかも親父の想像通りの。
俺は咳払いをして
「遊んでねーし、てかそうゆうの卒業したし。今は仕事で忙しいの」当たり障りなくそっけなく答えると
「そう言えば少し前に緑川が娘をお前に…と言ってきていたが」
ごほっげほっ
今度は激しくむせた。
「緑川のヤツ、お前を取り込んで神流を呑みこもうとしたみたいだが、失敗に終わったみたいだな」
親父は口髭を撫でながらしたり顔でニヤリ。
てか知ってて無視かよ。
「当たり前だ!あんなじゃじゃ馬は俺には手に追えん」
はっきりキッパリ言い切ると
親父は「ははっ」と笑い、「お前のタイプじゃないしな」とニヤリと意味深に笑う。