Fahrenheit -華氏- Ⅲ
「落ちてたよ」(←若干の嘘)
と言うと、瑞野さんは戸惑ったように視線を揺らし
「大事なものだろ?大切にしなきゃ」と言い、運ばれてきたコーヒーに口を付けるときだった。
「要りません。
捨ててください」
はっきりきっぱり言われ、瑞野さんはずいとそのリングを押しだす。その力強い口調に、俺の口はカップに届かなかった。
「え――――…?」
たっぷり間を開けて聞くと
「捨ててください」とまたも瑞野さんの力強い言葉が被さった。
「すみません……社内で色々噂が出回っているようなので、あそこではお話できないと思ってお呼びしたんですが、あたしはこれで」
瑞野さんは伝票を手にさっと立ち上がる。
立ち去ろう録ると瑞野さんの華奢な背中に
「じゃぁ自分で処分しろよ。
そうやって他人任せにするなよ」
俺はネックレスにきゅっと力を籠めた。
俺は―――未だ、ワイシャツの中で瑠華から貰ったリングを下げている。
瑠華は―――もうしていない。
捨てたのか、ただ単につけてないのか分からない。
でも瑠華は―――少なくとも自分の気持ちを他人任せにしない。
瑞野さんがゆっくり振り返って、俺の手からネックレスをひったくるように奪うと
「今回の件、ご迷惑をお掛けして申し訳ございませんでした」
といつにもなく機械的に言ってきっちり頭を下げ、今度こそ店を出ていった。