Fahrenheit -華氏- Ⅲ


「落ちてたよ」(←若干の嘘)


と言うと、瑞野さんは戸惑ったように視線を揺らし


「大事なものだろ?大切にしなきゃ」と言い、運ばれてきたコーヒーに口を付けるときだった。





「要りません。



捨ててください」




はっきりきっぱり言われ、瑞野さんはずいとそのリングを押しだす。その力強い口調に、俺の口はカップに届かなかった。


「え――――…?」


たっぷり間を開けて聞くと


「捨ててください」とまたも瑞野さんの力強い言葉が被さった。


「すみません……社内で色々噂が出回っているようなので、あそこではお話できないと思ってお呼びしたんですが、あたしはこれで」


瑞野さんは伝票を手にさっと立ち上がる。


立ち去ろう録ると瑞野さんの華奢な背中に




「じゃぁ自分で処分しろよ。



そうやって他人任せにするなよ」




俺はネックレスにきゅっと力を籠めた。


俺は―――未だ、ワイシャツの中で瑠華から貰ったリングを下げている。


瑠華は―――もうしていない。


捨てたのか、ただ単につけてないのか分からない。


でも瑠華は―――少なくとも自分の気持ちを他人任せにしない。


瑞野さんがゆっくり振り返って、俺の手からネックレスをひったくるように奪うと


「今回の件、ご迷惑をお掛けして申し訳ございませんでした」


といつにもなく機械的に言ってきっちり頭を下げ、今度こそ店を出ていった。


< 267 / 608 >

この作品をシェア

pagetop