Fahrenheit -華氏- Ⅲ
「え……いや、そんな大したことは…」
ウェイターの手前、変なことは言えず、彼が立ち去ってから
「こっちこそ、お母さんに心配かけさせてごめんね」と俺は顏の前で手を合わせ、片目を閉じて苦笑い。
「……その…母から部長へって……その、お詫びの品物にしてはすごく質素ですが」
瑞野さんはおずおずと紙袋を取り出し、それをテーブルに差し出した。
紙袋の中に入っていたのは、タッパー??それを取り出し蓋を開けると、稲荷寿司がぎっちり詰まっていた。出汁と醤油とみりん、砂糖と言った調味料の絶妙な配合は匂いだけでも分かる。
「すげぇ」思わず口に出ると
「す、すみません!気が利かないお品物で」
「いや旨そうだってこと。ちょうど良かった俺昼まだだから、後で食堂とかでいただくよ」
そう言うと瑞野さんはあからさまにほっとした様子で胸を撫で下ろした。
「母から聞きました……あたし……昨日のこと…お店出てからのことあまり覚えてなくて……」
「じゃー…タクシーの中で言ったことも…?」
「タクシー…?」瑞野さんは小首を傾げる。
覚えてないって言ったのはホントのことなんだな…
「いや、覚えてないならいいや」早々にその話題を切り離したくて
俺は稲荷寿司を受け取る代わりにリングがぶら下がったネックレスを差し出した。
ネックレスを手にとり
「これ……」
瑞野さんは目を開いた。