Fahrenheit -華氏- Ⅲ
この日は流石に瑠華を早く返した。
「柏木さん、今日は上がっていいよ」
と言うと『いえ、まだ大丈夫です』と返されると思ったが
「お気遣いありがとうございます。お言葉に甘えて。それでは私は」と珍しく(?)素直に頭を下げ、バッグを手に取り席を立つ瑠華。
ちゃんと家に帰れるだろうか。
「柏木さん、大丈夫ですかね」と佐々木が心配そうに瑠華を見送っていたが、足取りも口調もしっかりしているし、さっきの興奮はすっかり治まっている。
でも心配だから、あとで綾子にでも確認してもらおう、こっちも大事な約束がある。
俺は早々に仕事を仕上げると
「佐々木、今日も俺は予定がある、早くあがれ」と短く指示。
「部長は柏木さんが心配じゃないんですか」と珍しく佐々木が目を吊り上げる。
パタン
俺は開いていたカタログをやや大きめな音を立てて閉じた。
「心配に決まってるだろ」
俺は一体―――どんな顔をしていたのだろう。佐々木がびくりと肩を揺らし
「わ、分かりました…」と大人しくデスクに向かう。
瑠華は―――二村に、昨日瑞野さんと俺が会うと言うこと、聞いたと言っていた。
瑞野さんが二村に言ったのか。
やっぱりあの二人―――侮れない。
けれど瑞野さんの気持ちがどこを向いているのも
分からない。
瑠華が心配だからこそ―――多少無理をしてでも、早く決着をつけたい。