Fahrenheit -華氏- Ⅲ
プルタブを開けて、そのまま口につけ一気に半分程飲んだ。
お風呂上りに呑むものではなかった。黒糖のような甘さと強いスモークが後味となって残る。早く一本飲み切っちゃおうと思っているときだった。
TRRRR
ローテーブルに放置したままのスマホが着信を鳴らし、慌ててその場まで走っていくと
「葵さん?さっき会ったばかりだっていうのに」あたしは缶ビールに口をつけながらも首を捻った。
それでも二村さんに何かあったのかもしれない、と思いで
「はい」と短く出た。
『あ、瑠華ちゃん!?ちゃんと帰った??』
「子供じゃありませんし、家ぐらい一人で帰られますよ」とそっけなく言いソファに座ると、ビールの缶をローテーブルに置いた。
ローテーブルにはノートPCの蓋が開きっぱなしの状態で、今はスクリーンセイバーになっている、その隣に灰皿とタバコの箱、そして
例の稟議書が入ったクリアファイル。
それを手に取りながら
「それよりも何か?」
『何か…じゃないよ、何度電話してもでないし。でも無事でよかった』
何度も…?無事で……?
このひとは心配してくれてたのか。あたしはかなりそっけない態度で別れたって言うのに。
いいえ、彼にとってあたしは単なる金づる。依頼主に何かあったら困るだけだ。
『ところでさ~、明日どこへ行く?』
との葵さんののんびりした問いかけに、あたしは再び缶ビールを握り
「どこへ?約束などしていませんが」
『覚えてないの?明日、空汰が瑠華ちゃんを引きつけておけって…』
「ああ…」
あたしは気の無い返事をしながら、ノートPCのスクリーンセイバーを解除して、Outlookを起ち上げながら
「明日は“先約”があります。二村さんには適当に報告しておいてください。後日内容を教えていただければそれに合わせます」
そっけなく返し、あたしは一通のメールを開いた。
会社のPCから転送したメールだ。
会社の方のPCのメールはすでに“削除”済である。
“----- Original Message -----
From: 緑川 葉月
To: 柏木補佐様
Sent: Fryday, October 21, 2011 18:02 PM
Subject: Fw:お疲れさまです。
柏木補佐様
お疲れ様です。
明日、二村くんは予定があると言うことで捕まえられませんでした。
でも好都合ですよね?
明日、この場所に来られますか?
緑川 葉月”
貼りつけてあるURLをクリックするところで、
『でもさ~なんて言えばいいの』と葵さんはまだごねている。
「それは私よりあなたの方がお得意でしょう?」
『だけどさ~』とこれまた葵さんはしつこい。