Fahrenheit -華氏- Ⅲ
カラオケボックスだと言うのに歌うことはせず、飲み物食べ物が運ばれてきて
「はー…あたし、今心底ほっとしてます」
とカシスオレンジを飲みながら緑川さんは、両脚を伸ばしながら、はぁっと吐息。
「何故?」
「そりゃもちろん妊娠してなくて、ってことですよ。柏木補佐に言われた通り二村くんにも会いませんでした。何とか言い訳して」
「生理は終わりましたか?」
「はい、でもこの後どうすれば…」とカシスオレンジを飲みながら緑川さんは上目で尋ねてくる。
「あくまで私の意見ですが、あなたが二村さんの本当の気持ちを知りたいと思うのなら、妊娠したかも、と打ち明けてください」
「一緒に産婦人科に行こうって言われたら……妊娠してないって分かりますよね」
緑川さんが不安げに瞳を揺らす。
「そこでほっとされるのもちょっとショックだし、『結婚しよう』と言われるのもパパの座を狙ってるとしか思えなくて、もうどうすればいいのか…」
緑川さんは俯きながら、冷めたポテトへと手を伸ばす。
「“パパの座を狙ってる”のかどうかは判断できると思いますが?」
あたしはジョッキビールを一気に半分程飲んで、口元を手で拭った。
「え…?」緑川さんが目をまばたく。
「それを見てあなたが判断すれば」
「どうやって?」緑川さんは再び探るように目をあげた。
あたしはバッグの中から一枚の小さなレターセットの封筒を取り出し
「これを使ってください」とテーブルに差し出した。