Fahrenheit -華氏- Ⅲ

朝食に食べたサンドイッチ、そして昼食は野菜ジュースで済ませた。けれどお腹は一向に減っていない。


今日が“大事な”役員たちの会食の日だから―――と言う理由だろうか。


緊張―――しているのだろうかあたしは。


それでも緑川さんが頼んでくれた料理に手をつけないと彼女に悪い気がして、シーザーサラダをいただくことにした。


正直、カラオケボックスのお料理に期待などしてなかったが、意外とおいしい。


「柏木補佐……柏木補佐が大変なときに、あたしの悩み聞いてもらっちゃって、しかも付き合ってもらっちゃって…ごめんなさい」


「大変なとき?」あたしは目だけを上げると


「色々噂を聞きました」


噂―――…


「部長と柏木補佐って別れちゃったって……」


「誰に聞いたんですか?」


二村さんに―――…?とは聞けなかった。


あたしはサニーレタスを頬張りながら探る様に聞くと


「単に噂で…、でも!もしかして二村くんに何か言われたんですか!」と緑川さんがテーブルを乗り越えてきそうな勢いで聞いてくる。


この様子からすると緑川さんは二村さんからあたしたちが別れたこと、聞かされてないのだろう。


別れた―――…二村さんの策略のおかげで―――


当たってる(と言うかまだ確信はないけど)何も言えず、黙っていると


緑川さんは前髪をくしゃりと握り


「やっぱり……」と一人納得した。


緑川さんはそのまま俯きながら


「この一週間、二村くんはあんまり連絡くれなくて…


葉月が具合悪いって言ったら、普通電話やメールで心配とかしません?」


そう聞かれて、あたしは首を捻った。


まぁ……あたしなら啓が具合悪いと知ったら―――まだ、あたしたちの仲が壊れる前だったら直接会いに行く。


それが難しいのならやはり緑川さんの言った通り電話やメールをするだろう。


「電話もメールもゼロってワケじゃないけど、『大事にね』とかテンプレート的な言葉で、全然心がこもってない気がして…」


二村さんは今日の役員の会食のことで頭がいっぱいいっぱいなのだろう。無理もない。


でもそこをおろそかにしたのは、あなたの最大のミスね。


「だから葉月、二村くんの良い所、いっぱい思い出そうとしたんですけど、明るい笑顔とか優しい心遣いとか、全部嘘っぽく見えちゃって。


あんなに好きだったのに、どうして―――」


緑川さんはさっき明るかったのに、今は今にも泣きだしそうに瞳を揺らしている。


「緑川さ…」思わず手を伸ばそうとして


「でも……あたしより柏木補佐のことが何倍も辛いですよね……


変な噂が出回ってるし…」



変な―――噂―――…


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