Fahrenheit -華氏- Ⅲ

結局、緑川さんが頼んだ料理をほとんど手をつけることなく、あたしたちはカラオケボックスのお店の前で別れることになった。


カラオケボックスと言うから歌を歌わなければいけないのかと思っていたけれど、こういう使い方もあるのだ、と改めて知った。


扉を閉めてしまえば内鍵もあるし、秘密の会議室と思えば打ってつけだ。


けれど緑川さんと会える“次”がいつ来るか分からない。


今日は―――二村さんは役員たちの会食の運転手とかで忙しい、と言うことだから。葵さんに教えてもらったから知ってる。


緑川さんとお店の前で別れて


そうだ……葵さんに電話……と思ったけれど、その気にもなれず


あたしはゆっくりとした足取りで地下鉄の駅に向かった。


マンションに帰りついたのは夜も23時近くだった。


結局、葵さんに電話することもなく、また掛かってくることもなかった。


シャワーを浴び、広いリビングのソファに座り、何かアルコールでも入れようとかと思ったけれど今日ばかりはその気にもなれない。


ミネラルウオーターをグラスに注ぎ、テレビも点けずただ無音の部屋の中でどれぐらい時を過ごしただろう。


TRRRR…


電話が掛かってきたのは深夜の2時近くだった。


着信は紫利さんだった。


スマホを手に取ったものの、その電話にすら出る気になれなかった。


何て身勝手なあたし。


紫利さんに今日の役員たちの動きを教えてもらうよう言い出したのはあたしなのに―――


紫利さんはそれを律儀に守ってくれて、そしてあたしを心配してくれてる。


けれど今のあたしには―――


何を言われても、きっと心に響かないし耳に入ってこないだろう。


ソファの上、体育座りをしながら膝の中に顔を埋め




こんなに寂しくて辛い夜はどれぐらいぶりだろう―――




と、改めて知った。



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