Fahrenheit -華氏- Ⅲ


ドクン!


と胸が強く打った。


『瑞野さんと抱き合ってたとか、キスしてたとか、ホテルから出てくる所を見たとか


同棲してるとか!』


『あたしが男なら瑞野さんに行くかな』


『柏木補佐って怖いもんね』




あくまで噂話だ、啓も否定してたし―――


でも、果たしてどこまで嘘なのだろうか―――



急に息苦しくなって心臓の辺りを押さえていると


緑川さんは、はっとなって慌てて口を手で覆った。


「すみませっ!」


「いいえ、気にしていません」


なんて強がっているものの、スカートの上で握った片手の拳にきゅっと力が籠った。


「あたしは、正直、部長には柏木補佐の方がお似合いだと思うんですよ!


だって柏木補佐って飾らないから。何て言うか、そう言う意味で“女”を前面に出してないて言うか」


と緑川さんは慌ててフォロー。


緑川さん…


以前…そうね、最初会ったばかりのころはあたしのこと敵対視してた。


緑川さんも啓のことが好きだったから。


でも―――今は違う。


心臓を押さえたまま、小さく呼吸して


「すみません、タバコを吸っても?」と緑川さんに聞くと、緑川さんは慌ててこくこくと大きく頷く。


タバコを吸って、煙を吐いて―――


その動作だけで、少し楽になれた気がする。


< 317 / 608 >

この作品をシェア

pagetop