Fahrenheit -華氏- Ⅲ
ちょうどフロアの扉を出るときだった。俺は慌ててたから、これから入ってくるであろう人物と危うく衝突しそうになった。
「わ!」と最初に声をあげたのは
――――二村だった。
『お疲れ様です』の挨拶もなく
「そんなに急いでどこに行くんですか?」二村に聞かれ、俺は無視を決め込んだ。
「シカトですか、俺も嫌われたもんですね」
俺はピタリと足を止め
「言っておくが、二村。
俺は最初からお前が嫌いだった」
”最初から”と言うのは大げさだが、気持ち的な問題だ。
くるりと二村に背を向けると、
「気が合いますね。俺も部長が大嫌いでしたから」
と二村が弾むような楽しそうな声をあげて、俺は眉間に皺を寄せた。
「二村、お前が会社を乗っ取ろうとしていることは分かってる。けどお前―――
俺にはお前に嫌われる覚えはねぇんだよ」
低く返すと
二村は笑っていた表情をすぅっと無くし無表情を作ると
「あんたには一生分かんない問題でしょうね」
と、もはや取り繕うことなくそっけなく返す。
一生分からない―――問題?
「俺には、知られたくない理由って感じがするがな」
鞄を肩に持ち上げ軽く後ろを振り返ると、二村は目を開いて突っ立っていた。
「ワンペア。
まだまだカードが足りないが、俺は必ずお前にロイヤルストレートフラッシュをお見舞いしてやるよ」
ニヤリ、と笑って今度こそ俺はその場を立ち去った。
二村は―――呆然とその場に突っ立っていた。