Fahrenheit -華氏- Ⅲ
「あ……っぶねー…」
間一髪。瑠華が頭を地面にぶつけることだけは避けられた。俺は瑠華に覆いかぶさるような形になっていたが、彼女の首の下に腕がある。咄嗟のこととはいえ、体が自然に動いたのは奇跡なのか―――それとも必然的なものなのか。
「瑠……柏木さん…どこも打ってない?」覆いかぶさったまま瑠華に問いかけると
「ええ、お陰様で」と瑠華は俺の下で、しかし落ちたことに驚きを隠せていないのであろう目を開いたまま何とか頷いた。
「ありがとうございます。庇ってくださって。部長は……」
「俺も……どこも怪我してない」
瑠華は俺の下で小さく吐息を漏らし、額に手をやった。
「やはり難しいですね、この会場は。私が提案したのでミスは許されませんが、私としたことが…」
「瑠……柏木さんのせいじゃないよ」
俺は白くてほっそりとした瑠華の手をそっと握った。
~♪Tale as old as time True as it can be
(古くから変わることのない物語)
いつの間にか再生しっぱなしになっていた音楽が最初に戻っていた。リピート機能にしてあるのだろう。
今は―――誰もいない。
この段差は例え佐々木が舞台の裾から顔を出しても死角になってる筈。
俺の右足が瑠華の足の間にある。まるで絡まっているようにも見えた。
~♪Barely even friends Then somebody bends Unexpectedly
(友達でもない関係を誰かが突然変えてしまう)
すぐ近くに瑠華の顔がある。
照明のおかげか白くてきめ細かい肌がはっきりと目に映る。瑠華が大きな目を瞬くたびに長い睫毛が揺れ、その白い肌に影を落とした。瑠華の髪が白い床に散らばり、それはとてもきれいだった。
「部長……私は大丈夫ですので、そろそろ」
と瑠華が起き上がろうとしたが
~♪Just little change Small to say the least
(言葉にもできない微かな変化)
俺はその手を止めた。
瑠華の両頬を手で包むと、そのまま顔を近づけ、瑠華の唇に口づけを落とした。