Fahrenheit -華氏- Ⅲ

運が悪く雨が降ってきたのが分かった。見晴らしの良いスカイビューに雨の粒が打ち付けられている。今、ここから見下ろす東京の夜景は酷くくすぶっているに違いない。俺の心のようにもっともっと暗い影が落ちているのかもしれない。


「柏木さん、立てますか…?」佐々木の声が聞こえ、しかし俺の視線は未だ口元に手をやっている瑞野さんをじっと睨んでいた。


「ええ、大丈夫です…」瑠華の声も聞こえ、ちらりと振り返ると瑠華が何とか立ち上がり、


「それではお言葉に甘えさせていただきまして、失礼します」といつもの機械的な口調になり、それでも足が痛むのか脱いだ靴を拾い上げると僅かに左足を引きずりながら佐々木と二人で会場を出て行った。


改めて、瑞野さんと二人きりになり、落ちたペットボトルを拾う。


窓を打ち付ける雨が激しくなった。風も出てきたのだろう。


何から切り出そうかと思っていたが


「やっと…」


最初に切り出してくれたのは瑞野さんだった。






「やっと二人きりになれましたね、部長」




その声は普段よりも1トーンも低く、不気味な笑顔さえ浮かんでいた。


瑞野さん―――?


何を―――考えている―――


「二村にチクるんか?」


拾ったペットボトルをぐっと握るとペコっと随分間抜けな音が聞こえた。


「チクる?」瑞野さんは何が可笑しいのかちょっと微笑みながら首を傾げた。こんなときでさえ、瑞野さんのその仕草は可愛らしかった。でもその行動と表情が逆に何を考えているのか分からず怖い。


「そんなことは考えてませんでしたけど、そうですね、部長があたしとクリスマスイブ一緒に過ごしてくれるって言うのなら、あたしは絶対今日のこと二村くんには言いません」


何故だ―――


「何で君はクリスマスイブ、俺と過ごすことに執着する。悪いが俺は君を女として見てない」


ここでハッキリ言ってしまったこと少し後悔したが、変に気を持たせて、せっかく一瞬でも瑠華と気持ちが通じ合ったと言うところなのに邪魔をされたらかなわない。


「執着―――かぁ……部長にはそう見えるんですね」瑞野さんはまたもうっすら笑った。


「違うのか?君みたいな可愛い子ならわざわざ俺なんて誘わなくても引く手あまただろ」腕を組んで精一杯威嚇したつもりだったが、瑞野さんに堪えた様子はない。彼女はまるで造られた完璧な彫刻のように美しく微笑をしたまま





「約束された未来を取り返すため。あたしは奪い返したいんです」





約束された未来―――取り返す―――。奪い返す―――


言っている意味が分からず、何を返そうか逡巡していると




「まだ気づきません?


これはあたしの





復讐なんです」


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