Fahrenheit -華氏- Ⅲ
復讐―――
あのふわふわと大人しい瑞野さんの口から出るワードにしてはあまりにも不釣り合いだった。
瑞野さんが復讐したい程恨む相手―――それは……
「緑川か?」
俺が低く問いかけると
「あ……ははははは!」
瑞野さんはお腹を抱えて突如笑い出した。正直驚いた。瑞野さんがこんな風に声をあげて笑う所を初めて見たから。前髪が降りた顔は口元を歪めて笑う部分しか見えず、下ろした髪は乱れていた。
さも可笑しそうに顔を歪めて、いっそ狂気に満ちてるとも言える程の顔を見て、俺の背中に嫌な物がぞっと走った。俺はこんな瑞野さん知らない。誰か違う女を見ているのか、と言う錯覚さえしてしまいそうだったが目の前で腹を抱えて笑う瑞野さんは紛れもなく彼女自身で―――
「何が可笑しい」
「だってあまりにも的外れなこと言うから。あたしが、緑川さんを恨んでる?部長の目にはそう映ってるんですね」笑い過ぎで涙さえ浮かんできたのか、瑞野さんはゆっくり顔をあげると笑いながら目じりに浮かんだ涙を人差し指で拭った。
「緑川さんも被害者ですよ、
二村くん、の」
二村の―――被害者?
ってことは瑞野さんが恨んでいる相手は二村―――
意外過ぎて、今度こそ言葉を失った。
「部長、取引しませんか?流石のあたしも、ただで部長を利用するなんて酷いことはしません」
取引―――?
俺が目を開くと
「クリスマスイブ、一緒に過ごしてくだされば、あたしが柏木補佐と部長の復縁を叶えてさしあげますよ?
二村くんに別れさせられたんでしょう?柏木補佐と」
瑠華と―――復縁―――?
それは願ったり、だが。
「何故―――君にそんなことができる……」
「あたし、二村くんの弱みを握ってるんですよ」
しー、と言う仕草で瑞野さんは唇に人差し指を当てた。それはまるで小さな子供がかくれんぼをしているとき、誰かに見つかりそうになったときの仕草のように愛らしかった。
しかし
弱み―――!?
「弱みって言うか爆弾ですかね」
爆弾―――
また物騒な言葉が出てきた。
瑞野さんは二村の何を握っているって言うのか。
「あいつの父親のことなら俺も知ってるぜ?」精いっぱいの強がりで言ってみせたが、名前を出すつもりはない。俺にとってはまだ大事なカードだ。今不用意に見せるわけにはいかない。
「知ってますよ?二村くんのお父さん。
瓜生常務でしょう?」
だが俺のカードはあっさりと瑞野さんに見破られていた。
知って―――たのか―――