Fahrenheit -華氏- Ⅲ
看護師さんに処置室に入っていいかと聞くと「いいですよ」とあっさりとした答えが返ってきた。もう手の施しようのない人にはどう対処してもいいのね、と心の中で嫌味をつく。
それでも一刻でも早く状況を知りたかったあたしは
「部長!」と叫びながら中に入ると、
啓は処置室のベッドに腰掛け、腕に包帯を巻かれている状況だった。
「え―――……?」啓がびっくりしたように目を丸める。
「え?」あたしの方も驚いた。
啓は腕以外どこも怪我をした様子がなく、ケロりとしている。
「―――ご無事でしたか……」
「あー、ごめんごめん!佐々木が大げさに言ったんだろうな、あいつ。ごめんね、心配かけて。でも何で……」
啓の―――声だ。ちょっと低めのくすぐるように甘くセクシーで……
啓――――
あたしの全身から力が抜けていくのが分かった。元々高いヒールだったのもある。それが傾いた瞬間が分かったが体を支えることすらできず、あたしはみっともなくその場にぺたりと座り込んでしまった。
「あなたが無事で良かった」
堪えきれず、あたしは顔を覆いながら泣いた。声が震えていたし、嗚咽を漏らしながらだからちゃんと言えたかどうかも分かんない。
それでも啓にはちゃんと届いていたみたいで、
「瑠華―――………」
啓の手がそっと伸びてきて、あたしの頭を優しく撫でる。
「ごめんな、心配かけて。ごめんな―――」
啓があたしの頭を抱き寄せる。啓のぬくもり―――
あたしの大好きな体温。Fahrenheitの香り。
涙と連動して鼻水が出てきて慌てて鼻をすする。
「瑠華―――」
名前を呼ばれても顔を上げられなかったのは、あたしきっと今酷い顔をしてるだろうから。涙で化粧は落ちちゃってるだろうし。こんんなみっともない姿見られたくない。
「今、顔を上げられません。涙でメイクが崩れちゃってきっと酷い顔してる」
「元がいいんだから気にすることないし、俺は―――瑠華の顔を見たい」
それでも啓はあたしの顔を上に向かせると、あたしの両頬をその暖かな掌で包んだ。
「あ……あたしを置いて先に逝っちゃったら……ゆ……許しませんよ。末代まで祟ってやりますから…」
「それはこっちの台詞」
啓は柔らかく微笑んで、ふとカーテンが開いた病室の窓の外に目を向けた。
「冷えると思ったら……雪が降ってきた……ホワイトクリスマス」
涙で滲む視界の中、啓の横顔を見ると啓の目にも涙がほんのり浮かんでいた。