Fahrenheit -華氏- Ⅲ
家に帰りつき、あたしは心音に電話を―――と思ったけれど、連日こっちの都合で電話を掛けるのは申し訳ない。
瑞野さんがSNSをしているのならそれを突き止めてもらおう、かとも思ったけれど、また明日の朝に電話しよう。
そう決めてお風呂に入り、髪と体の手入れをして、あたしは啓のお気に入りのメーカーの缶ビールを飲み……パンケーキを少しお腹に入れたからか、少しだけ食欲が出てきた気がして、この前コンビニで買ったチーズと生ハムをお皿に並べた。
買ったばかりの漫画を見ると、これが意外に面白かった。
チーズを手づかみで掴み、ビールを缶ごと飲む。
マックスと結婚する前、Fahrenheitを立ち上げたばかりのとき、あたしを含むスタッフは当たり前のようにして、当たり前のように笑っていた。
笑顔の絶えないオフィスだった。(そりゃ多少のいざこざはあるけれど)
あの日々に、戻った気がした。
マックスと出逢わず、啓とも出逢わず―――
そうしたらあたしの未来はもっと幸せだったのだろうか。
漫画を読む途中、そんなことを考えていたからか、意外と時間が掛かった。一巻を二時間も掛けて読み終え、次の巻も買おうかしら、時間潰しにちょうどいいし、
そう言えば佐々木さんがアニメのDVDを持ってるとか言ってたな…
それを借りた方が早いのか…色々考えながら明日着て行く服を選ぶ為、クローゼットを開けると
Fahrenheit
が香ってきて、いつもならこの香りを嗅ぐだけで、膝から崩れ落ちそうになる。涙が出てきそうになるほど悲しくなる。
けれど、今日は違う。
~♪
あたしは佐々木さんが教えてくれた曲をスマホにダウンロードさせて、それを流しながら鼻で口ずさみ、ハンガーラックに掛かった服たちを一枚一枚丁寧に選んだ。
その時だった。
はらり…
一枚の紙切れがどこからか舞い降りてきて、床に落ちた。
「これ……」
あたしはメモを手に取り、11桁の番号が記載されたその小さなメモを見つめた。
あれは確か―――ハロウィンパーティーの夜、マックスが宿泊しているホテルから帰る時……
あの綿あめのような髪の変な男の子が手渡してきたものだ。
~♪『邪魔する奴は 指先ひとつでダウンさ』
歌手の声が響いてきて、あたしは目を細めてそのメモ用紙を見下ろし、ベッドに置いたスマホに手を伸ばした。
11桁の番号を躊躇なくタップする。
TRRR…
数回のコールで相手が出た。
『もしもし?』間延びした声が聞こえてきて
「この間はどうも、ジミー・チュウのパンプスはあなたのおかげで無事です」
それだけ言うと、相手は
『ああ~!あの時の!』と声を弾ませた。
利用できるものなら、利用する―――
ただし、邪魔をするのなら
徹底的に排除する。