Fahrenheit -華氏- Ⅲ
「父親を知ったらあなたのことだから二村さんを責めるでしょう」
注がれたワインを乾杯することもせず、口に持っていくと、その手を啓に阻止された。
「当たり前だろ、大事なことだ」
「でも緑川さんが妊娠している、結婚すると言う今の時点、十中八九中絶を勧められますよ、あの男はそう言う男です」
あたしが無表情に言うと啓は深くため息を吐いた。
「じゃぁ産むって言うのか」
「選択したのは瑞野さんご本人です」
「分かってるのか?一人で産んで育てていくことの大変なことを」
「じゃぁあなたは母親になる権利を瑞野さんから奪うつもりですか。
以前の真咲さんのように」
あたしの言葉に啓はぐっと詰まって、注ぎ入れたワインを一気に飲み干した。真咲さんのことを出したのは卑怯だったか。少しの後悔。けれど言ってしまったことを戻せることはできない。
「怪我をなさっているのです、あまり無茶な呑み方はしないでください」本心だった。数時間前の病院の光景を思い出してあたしが少し目を上げると
「心配してくれてるの?」
「ええ、そりゃ―――」
言いかけた言葉は啓の唇で吸い取られた。
あたしの頭を抱き、深く浅く―――それは数日前マルーナホテルでしたキスと同じ温度だった。
けれど
「やめてください。瑞野さんも居るんですよ」
あたしは今度こそ啓の胸を押し戻した。
「俺が好きなのは瑠華だ。前も、今も―――
ずっと変わってない」
変なの……さっきマックスにも同じこと言われた気がするのに、
どうしよう……
あたし何で涙が――――
止められない。
あたしも啓が好き。