Fahrenheit -華氏- Ⅲ


「父親を知ったらあなたのことだから二村さんを責めるでしょう」


注がれたワインを乾杯することもせず、口に持っていくと、その手を啓に阻止された。


「当たり前だろ、大事なことだ」


「でも緑川さんが妊娠している、結婚すると言う今の時点、十中八九中絶を勧められますよ、あの男はそう言う男です」


あたしが無表情に言うと啓は深くため息を吐いた。


「じゃぁ産むって言うのか」


「選択したのは瑞野さんご本人です」


「分かってるのか?一人で産んで育てていくことの大変なことを」





「じゃぁあなたは母親になる権利を瑞野さんから奪うつもりですか。


以前の真咲さんのように」





あたしの言葉に啓はぐっと詰まって、注ぎ入れたワインを一気に飲み干した。真咲さんのことを出したのは卑怯だったか。少しの後悔。けれど言ってしまったことを戻せることはできない。


「怪我をなさっているのです、あまり無茶な呑み方はしないでください」本心だった。数時間前の病院の光景を思い出してあたしが少し目を上げると


「心配してくれてるの?」


「ええ、そりゃ―――」


言いかけた言葉は啓の唇で吸い取られた。


あたしの頭を抱き、深く浅く―――それは数日前マルーナホテルでしたキスと同じ温度だった。


けれど


「やめてください。瑞野さんも居るんですよ」


あたしは今度こそ啓の胸を押し戻した。





「俺が好きなのは瑠華だ。前も、今も―――



ずっと変わってない」





変なの……さっきマックスにも同じこと言われた気がするのに、


どうしよう……


あたし何で涙が――――





止められない。






あたしも啓が好き。



< 871 / 929 >

この作品をシェア

pagetop