Fahrenheit -華氏- Ⅲ
「じゃぁ何であんなその”知り合い”の元にいったのさー」
鋭い所を突くわね。もしかして勘づいているかもしれない。
「あの時は少し感情的になってましたが、話したらそんなに気持ちがないことに気づきました。着いた途端『あれ?私何でこんなに熱くなってるのだろう』って…きっと子供がお気に入りのおもちゃを誰かに取られたような気になっただけですね」
苦しい嘘だったが
「ふーん、そんなもん?」と葵さんは納得したのかしてないのか。
「ま、分かった。じゃぁ俺の近くのアパートのコインパーキングでいい?」
「ええ、今日は本当にありがとうございました。今度また何かご馳走します」
「ご馳走より一日デートがいいんだけど」
「は?」あたしが目をまばたくと
「ううん、今のことは聞かなかったことにして~、今度またご飯行こうね」葵さんはそれ以上深く突っ込むことなくエンジンスターターを押したようだ。
ブォン
とすぐに派手なエンジン音が聞こえ、車がゆっくりと前進する。あたしは去ろうとするLFAに向かって頭を下げた。パワーウィンドウを開けた葵さんは腕だけを出して手を振っていた。
そうして再び啓の部屋に戻ると、瑞野さんと一旦眠ったつもりだったけれど
暗闇の中、遠くの方で僅かな光が見え背の高い男と小さなあたしの可愛いユーリが手を繋いでどんどん遠ざかっていく姿を見た。
あたしは必死に手を伸ばして
「待って!ユーリ!」と声を掛けるも、ユーリはこちらを振り向くこともなくマックスに笑いかけ、あたしからどんんどん離れて行ってしまってとうとう二人の姿は見えなくなった。ユーリは一度も振り返らなかった。
そうやって……あたしの存在も徐々に消えていってしまうのだろうか。そしていずれ完全に彼女の中からなくなる。
どうしようもない悲しみと悔しさで焦燥感がいっぱいになった。
がばっと起き上がって、額に汗をかいているのが分かった。思い切り起き上がったけれど、その反動で瑞野さんが起きだしてくる気配はなかった。向こう側を向いてすぅすぅと寝息を立てている瑞野さん。
瑞野さんを起こしてしまわなかったことにほっとして洗面所で顔を洗っていると、啓が様子を見に来た。
このまままた寝てしまうと瑞野さんを起こしてしまう、と言うのはもしかして言い訳だったのかもしれない。
そう言ってしまえば啓はリビングにあたしを促してくれるかもしれない、なんて……なんて卑怯なあたし。