Fahrenheit -華氏- Ⅲ

啓の優しさに付け込んでリビングに通されたあたしは、しかしリビングで二人眠ることを躊躇われた。


くだらない話を一晩中して朝までやり過ごそう。


そう決めた筈なのに、内容はくだらなくなかった。少なくともあたしの中では。


マックスとの話なんてしたくなかったのに、それでも素直に喋ってしまったのは、……いいえ、喋られるのは啓だけだからだ。他の人は(村木さんとおじさまを除いて)あたしがバツイチであること、子供がいることを知らないから。


一気に喋ってしまって少し気持ちが楽になった。


啓は何も言わずにあたしの話を聞いてくれた。この人はこう言う人だ。最初から。それでいて全てを受け入れてくれる。


あたしの肩を抱く手にきゅっと力が籠ったのがいい例だ。


それからあたしたちは何も喋ることなく、また横になって眠ることもなくただただ肩を寄せ合って


朝を迎えた。


朝7時頃明るくなり始めて一度だけお手洗いに立つと、寝室の扉がそっと開き中から瑞野さんの不安げな顔が覘いた。


「おはようございます。昨日はよく眠れましたか?」


声を掛けると瑞野さんはどこかほっとしたように胸を撫でおろし


「はい、柏木補佐のおかげで。昨日はありがとうございました」


とは言っても半分程、あたしは瑞野さんを一人放置してリビングにいた。瑞野さんはそのことに気づいていないのだろう。


「お腹はすいていますか?朝食にルームサービスでもとりましょうか」と提案すると


「食欲はそれ程ないんですが、オレンジジュースが飲みたいです」と素直な返事が返ってきた。


オレンジジュースなら冷蔵庫に入っている筈だ。


寝起きだからだろうか、若干よたつく足取りで瑞野さんは啓のいるリビングへ向かっていった。


お手洗いを済ませるあたしもリビングに向かうと瑞野さんは啓と距離を取りながらグラスでジュースを飲んでいた。


「瑠……柏木さんもコーヒーか何か飲む?」とぎこちない様子の啓に勧められたが何故だか三人一緒に仲良くコーヒーを飲む気にもなれず、


「私は帰ります。少し疲れたので」と申し出ると


キマヅイ空気を読み取ったのか瑞野さんも


「じゃ、じゃぁあたしも帰ります」とジュースを半分程残してソファを立ち上がった。


「私、今日はタクシーで帰りますが途中まで一緒に帰りますか?」と提案すると瑞野さんはどこか助かったかのように目を輝かせ


「はい」と大きく頷いた。


どうやらキマヅイのはあたしだけじゃなかったようだ。強引に啓を誘った後、本当にその後のことは考えてなかったのだろうか。

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