Fahrenheit -華氏- Ⅲ


「ヤバイ、敵を発見!!二村と緑川だ」と俺が裕二と瑠華の肩に腕を広げて掛けると


「え゛!?何でこのタイミングで」と裕二は驚き、店員に差し出していた左手を思わず引っ込める。


「ちょっと急用ができたので、とりあえずまた後でまた必ず来ますので」と裕二は慌てて言い


「行きましょう。どんな理由であれあの二人に見つかるのは今あまりよくない状況です」と瑠華もすぐに納得。三人でそそくさとその場を離れた。店員は怪訝そうな顔をして俺たちを見送ってくれたが「後で必ず来ますから」と裕二が言うとすぐにまたにっこり笑顔を作った。


ヤバイヤバイ!


俺たちはすぐ近くのレディスの服屋に入るとそれぞれ帽子を被ったりスカーフを被ったりサングラスをつけたりしてジュエリーショップの方を窺った。


「あの……お客様…?」と服屋の店員が怪訝そうにしていたが、「しー!」と俺が唇に指をあてると店員は気味が悪いものを見るように立ち去っていった。


「急に何、こんな所に連れてきて」と緑川は不機嫌そうだ。今朝の喧嘩がどれぐらいのレベルだったのか分からなかったが、少なくともまだ緑川は怒りが収まっていないようだ。まぁ無理もないよな。好きな男が本当に好きな女のこと未だ追いかけ回してるって知ったから。


「いや、まだ結婚指輪買ってなかったじゃん。見に行こうよ」と”あの”二村が緑川を必死に宥めている。


「そんな気分じゃない」と低く言い緑川がぷいと顔を逸らす。


「まぁそう言わず見るだけ見てみようよ」と二村が緑川の背中を押す。


二村に言われ、一応は結婚指輪を見ようとしている緑川。


先ほどとは違う店員が


「結婚指輪を探されているのですか?」とにこにこ笑顔で対応。


「ええ、まぁ」と二村が答えたが、緑川は俯いたまま何も言葉を発さなかった。


何となく不穏な空気を察したのか店員が若干引きつった顔に無理やり笑顔を作り


「お好きなデザインなどございますか?よろしければサンプルをお持ちいたしますが」と店員は言ったものの緑川は頷こうともしず、ふいと顔を逸らした。


どうするんだろう……


と近くのハンガーに掛かったコートをぎゅっと握っていると、


「気分じゃない」と緑川が低い声で答えて


「待ってよ!葉月の好きなデザインに合わせるから」と二村が緑川を宥める。







「ねぇ、二村くん、あたし―――二村くんと距離を置きたい」





「え――――?」
え――――?



俺の心の声と二村の声が重なった。


「な、何で急に。それにお腹の中の子だって……」


「それはちゃんと考える」


「ちゃんとって……俺と別れたら一人で産むつもりなのか?」


と二村が踵を返した緑川の腕を掴んだが、緑川はそれを乱暴に払った。


「それも踏まえて考えるの!二村くんの中にはまだ瑞野さんが居る。そんな人と今は一緒に居られない」


俺たち三人は思わず顔を合わせた。


「葉月……!あれはほんのイタズラ心で……」


「イタズラ心で部長にあんな危険なファックスを送ったなんて、ちょっとイカれてるよ」


もっともだな。緑川も言うときゃ言うんだな。恋に恋しているような女だったが、夢から覚めるとそこは残酷な現実が待ち受けていてた。そんなこともう俺は瑠華を好きになってたくさん経験してきた。今、それを緑川が背負っている。


「このまま結婚しても、瑞野さんとすぐに浮気しそうだよね。”あっち”だってそのつもりでSNS上げたんでしょ?」と緑川が険を含んだ眼で二村を睨む。


「二村くんもちゃんと清算して。それから考える」


緑川は一人早歩きでその場を去り、二村はその後を追うかと思ったが茫然とその場で立ちすくしていた。


くすっ


鍔の広いこげ茶のハットを被った瑠華が小さく笑い声を漏らし、


「仲たがいですか。願ったりもない未来が待ってましたね」


まぁ確かに……これには想像できなかった。


でも緑川のあの言葉は全部本心だろう。


身から出た錆とは言え少し二村が気の毒になってきた。





「部長、これでカードは揃いつつあります。あと少し」





あと少し。


瑠華はそう言うけれどあとどれぐらいのカードが必要なのだろうか。



~Fahrenheit Ⅲ END~


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