真昼の星空
玄関を開けると、リビングから柔らかな灯りが漏れていた。

「ようちゃん、ただいま。遅くなってごめんね」

「おかえり。全然遅くないし」

陽はソファに座ったまま顔を上げ、穏やかに笑う。
膝の上には編みかけのセーター。細い編み針が、規則正しく静かな音を立てていた。

雅人はその姿を見つめながら、ゆっくりコートを脱ぐ。

すると陽が、ふっと手を止めた。

「……どうしたの?」

静かな声。

「何かあった?」

——もう、バレてる。

雅人は小さく息をついて、観念したように笑った。

「今日……五十嵐智也に会った」

陽の目が大きく見開かれる。

「え?」

驚いたまま、少し身を乗り出す。

「なんで?」

雅人はソファの前に腰を下ろしながら、今日の出来事をゆっくり話し始めた。

偶然店の外から見かけられたこと。
智也に声をかけられたこと。
二人で話したこと。

そして、そのあと広哉たちと飲みながら話していたことまで、隠さず全部。

陽は途中で口を挟まず、静かに聞いていた。

編み針を持つ手だけが、いつの間にか止まっている。

話し終わる頃には、部屋の中はしんと静かだった。

少しの沈黙のあと。

陽は小さく「ごめん」と呟いた。

そして、そのまま雅人を抱きしめる。

突然の温もりに、雅人の肩がわずかに揺れた。

陽の腕は細いのに、不思議なくらい強かった。

「……ごめんね」

もう一度、耳元で小さく繰り返される。

「嫌だったでしょ? 本当にごめんね」

陽は雅人を抱きしめたまま、小さな声で言った。

雅人はその肩に額を預けるようにして、苦く笑う。

「ようちゃんが謝ることじゃないし。なんか……いい人だったし」

少しだけ言葉を探すように間を置く。

「だからなのか、余計に胸がザワザワするっていうか」

照れ隠しみたいに視線を逸らす。

陽は抱きしめたまま、ゆっくりと背中を撫でた。

部屋の中には、編みかけのセーターと毛糸の匂い、それから静かな夜の空気が流れている。

「心配かけたくないから、黙ってようとも思ったんだけど」

雅人がぽつりと続ける。

「ようちゃん、多分すぐ気づくだろうし」

その言葉に、陽は少しだけ顔を上げた。

「内緒はダメだよ」

優しい声だった。

「ちゃんと話してくれてよかった」

雅人は小さく頷く。

そのあと、陽がふと思い出したように言った。

「智也に言っとく。そういうのやめてって」

すると雅人は、すぐに首を横に振った。

「いや、連絡しなくていい」

「え?」

「もう、ようちゃんに連絡しないでって言ったから」

陽が少し驚いたように目を瞬かせる。

「そうなの?」

「うん」

雅人は苦笑しながら息をついた。

「なんか……連絡取り合ってほしくなかったし」

その言い方があまりにも素直で、陽は思わず笑ってしまう。

「でも」

雅人が続ける。

「なんか、飲みに行く約束はしちゃったけど」

「なんなのそれ」

陽は声を上げて笑った。

さっきまでの重たい空気が、少しだけほどけていく。

雅人もつられて笑ったあと、ふと思い出したように言う。

「あとは……」

「ん?」

「ようちゃん、モテるから気をつけろって忠告された」

「はぁ?」

陽は呆れたように眉を寄せる。

「モテないから安心して」

即答だった。

けれど雅人は真顔のまま首を振る。

「いや、ようちゃんは昔っからそういうの気づかないだけだから」

真剣な声。

「どうしよう。またハイスペックな男が言い寄ってきたら……」

本気で不安そうに言うものだから、陽はとうとう吹き出した。

「大丈夫だよ」

笑いながら、雅人の頬に手を添える。

「私は、まさくんがいいの」

その言葉に、雅人の表情がゆっくりと緩む。

陽はそのまま額を寄せて、小さく笑った。

「まさくんじゃなきゃやなの」
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